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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道〜 Vol.1236

2019/05/22

賢者の道〜Vol.1236「祈りは聴かれる」2019-5-22

聖書:列王記下2章8節
■エリヤが、外套を脱いで丸め、それで水を打つと、水が左右に分か
れたので、彼ら2人は乾いた土の上を渡って行った。

聖書:マタイ福音書15章21〜28節
■イエスは、そこをたち、ティルスとシドンの地方に行かれた。すると、
この地に生まれたカナンの女が出て来て、「主よ、ダビデの子よ、私を
憐れんでください。娘が悪霊にひどく苦しめられています」と叫んだ。
しかし、イエスは何もお答えにならなかった。そこで、弟子たちが
近寄って来て願った。「この女を追い払ってください。叫びながら
ついて来ますので。」

イエスは、「私は、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わ
されていない」とお答えになった。しかし、女は来て、イエスの前に
ひれ伏し、「主よ、どうかお助けください」と言った。

イエスが、「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」と
お答えになると、女は言った。「主よ、ごもっともです。しかし、
小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」

そこで、イエスはお答えになった。「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。
あなたの願いどおりになるように。」そのとき、娘の病気はいやされた。

◎道義を忘れ、節操を失い、神を疎んじた民イスラエルに、神の生きた
力を実証すべく選ばれたのが預言者エリヤでした。

霊的暗黒の民に対してエリヤは忽然とアハブ王の前に現われ「私の仕え
ているイスラエルの神、主は生きておられる」と叫んでから、その実証
のため妥協なき生涯を送ったのです。

今やその大使命も終りその志は川の流れの如くに流れ行き弟子エリシャ
に受け継がれて行きます。私たちも福音の担い手として神の聖霊の力を
発見し、霊火霊風に触れなければなりません。

死期が近づいたエリヤは、エリシャに「わしが召される前にどんな
ことをしてやろうかの」との尋ねに対し、エリヤは「どうぞ、先生の
2倍の霊の力をお授け下さい」と答えました。エリヤの霊が、乗り移る
ことを願ったのです。

◎カルト的新興宗教を求める青年たちの傾向は、変身願望、超能力を
身につけたいと考えていることにあります。

病を癒す力、時空を超える力、こういった非凡な力を持ちたい、人並み
はずれた力を持ちたい、これは実にむずかしい事ですが、修行を積めば
かなえられると信じ参加する青年が多いのです。

これを求めることはなまやさしい事では有りませんが、求めることは
大事です。そのためにはまず神の力を求めなければなりません。
神の力とは、キリストの福音そのものです(ロマ1・16)。しかも
信ずる者には例外無く与えられる救いの力なのです。

◎さて、エリヤは神の使命遂行のためギルガルを拠点にべテル、
エリコなど各地に預言者塾(福音学校)を起し、専心訓練にあたって
いました。最後の別れの時期が来たので、エリヤは各地を巡回して
いました。

その時、エリシャは随行してエリヤを離れなかったのでした。
遂に2人はヨルダン川のほとりまで来ました。かつてモーセが紅海の
水を分けたように、エリヤは外套を取ってヨルダンの水を分け、2人は
彼方の地に至ったのでした。

エリヤは懐かしいギレアデの山並みを望見しつつ、深い感慨に襲わ
れました。エリシャもまた今や師と別れ独り立つ時が来たのを思い、
師の如くいかなる問題が立ちはだかっても、使命を立派に果たさね
ばならないことを悟ったのでした。

しかし、まだ何か一つ欠けている、それをどうしても受け取りたかった
のです。それこそエリヤの霊の二つ分でした。エリシャは、エリヤの
内に流れ、沸沸とたぎっているあの神の霊を受け継ぎたいと願ったの
です。神学校や書物である程度の信仰をや知識を学ぶことができます。

しかし、エリヤはいかなる危機にあっても、人の助けを求めず、
神を求めました。その信仰を願ったのです。

他人の援助もあって良いにこしたことないのですが、いつまであてに
はできません。神だけをあてのする信仰を持たないと伝道はできま
せん。頼る人が無くひとりぽっちになる時、信仰があるかないかが
わかるものです。

◎信仰にとってまず大事なことは、求めることです。
求め心を失った信者は役に立たず、成長しません。祈り事を学びたい
と求めた弟子にキリストは「主の祈り」を教え、「求めつづけよ、
そうすれば与えられるであろう」(ルカ11・10〜12)と諭しました。

求める事をしなければならないのです。それも漠然とでなく具体的に
思いを描いて祈るのです。精神を集中させ祈る、そうでなければ実り
ません。

ただ「助けてください、何とかしてください」だけではだめです。
抽象的散漫な祈りは聴かれません。神の救いは現実の事であって、
実現した時の状況をはっきりと心に描いてキリストに頼むと、神の手
が動くのです。

宇宙は一つの体系で連動しています。求めるとそれを満たすように
動くところがあるのです。

カナンの女は娘を助けたく、キリストに追いすがり求めました。
拒絶されてもあきらめず必死にすがりつき、娘を癒していただきま
した。徹底することです。心を尽くし、精神を尽くし、集中して求め
る、そして最後まで諦めないことです。

◎聖霊が働くにはタイミングがあります。時の一致です。求める心と
応える精神の一致です。

信仰は叫ぶところから始まります。預言者(ナービー)の語源は、
ナブー(叫ぶ、呼ぶ)です。祈りは魂の叫び、要求です。叫びが
上がっていることが、神の力を発見する瞬間なのです。

キリストは分かっていても「何をしてほしいのか」と尋ねている
からです。

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