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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道〜 Vol.1214

2019/03/06

賢者の道〜Vol.1214「我ら獅子の子なり」2019-3-6
聖書:創世記49章8〜12節

◎ユダ(「賛美」の意)は「獅子」に譬えられています。彼の末裔
であるユダ族からキリストが出てきましたから、ユダはキリストの
予表です。

よってヤコブが、四男ユダに語った創世記49章8節から10節の預言で
「ユダ」は、キリストに置き換えて理解する必要があります。

ユダ(部族)は他の兄弟部族の賞賛を受け、敵を征服し、獅子の
ように、その力を秘めつつ、不動のものとして説明され、やがて
興るダビデ王朝とその末裔としてのキリストの誕生を暗示する
「王笏」「杖」が告げられています。

9節は、「ユダは獅子の子。わたしの子よ、あなたは獲物を取って
上ってくる。彼は雄獅子のようにうずくまり、雌獅子のように身を
伏せる」とあり、サタン、罪、死に対する勝利の中で安息しています。

若獅子は、山の上に住んでおり、獲物を取るために下に下り、うずく
まって獲物を待ち構え、捕らえた獲物を山の上に引いていき、そこ
で食い尽くし、寝そべって休んだのです。

このことはキリストに適用できます。エフェソ4章8節を見ますと、
キリストは「高い所に昇るとき、捕らわれ人を連れて行き、人々に
賜物を分け与えられた」と言っています。

これは詩編68編18節からの引用です。この「捕らわれ人」とは、
キリストの「獲物」で、「贖われた聖徒たち」のことです。

キリストは受肉において、天から地上へ下られました。そして
十字架の死によって、陰府(よみ)に下り、最終的に、復活に
おいて陰府から地上に上り、そして昇天において地上から天へ
と昇られました。

このような経過は、すべてのものを満たすための道を切り開く
ことであったのです。

◎贖われた聖徒たちは、キリストの死と復活よって救われる前、
サタンによってとりこにされていました。

キリストはいまやこのサタンを征服し、このサタンによってとりこ
にされていた人々を救い出し、ご自身に帰されました。獲物を享受し
天で満足して、安息しています。

そして聖徒たちに賜物を与えたと言います。これは奉仕のための
様々な能力や力量を言うのでなく、「使徒、預言者、福音宣教者
牧者、教師」のことを言います。

つまり、キリストはその罪人を救い出した後、主の復活の命で
満たし、ご自身のからだである教会を造り上げる者としたのです。

このように私たちは多くの敵に勝利した若獅子としてのキリストを
必要としています。残虐なレビは神を忠誠を尽くして造り変えられ
祭司職を担う部族とされたように、ユダであることを望みます。

既に敵を打ち倒し、勝利し、安息する獅子であるのです。ですから
私たち自身が持つ悩まされている問題、不愉快な性格は、キリスト
を享受し、主の命の霊で満たされるなら、食べ尽くされてしまって
いるのです。

では、「雌獅子のように身を伏せる」とは、どういうことでしょう
か?雌獅子は多くの子どもを産もうとするような姿勢が「身を伏せる」
で暗示されています。

キリストは、戦う若獅子、安息する獅子だけでなく生み出す雌獅子
でもあるのです。キリストはわたしたちの母獅子でもあるのです。
ですから私たちは獅子の子とされたことを見る必要があります。

敵が私たちに挑みかかる時、私たちは獅子の子であることを認識
すべきなのです。私たちはキリストの命の霊によって生み出され
たのです。

9節の終わりの部分で「誰がこれを(著者注「身を伏せる雌獅子」
を指す)起こすことができようか」と言っています。これは「誰が
あえてこの獅子に逆らおうか」ということを意味します。

10節で「王笏はユダから離れず、統治の杖は足の間から離れない。
ついにシロが来て、諸国の民は彼に従う」とあります。

◎王笏は、王職の杖で、詩編45編7節では「あなたの王権の笏は、
公平の笏」と言います。これは、王国の象徴であり、キリストの
王なる権威を言います。

「ユダから離れない」とは、王職がキリストから離れないという
ことです。

ヘブルの詩は対句法で書かれていますので10節の「統治の杖」は、
「王笏」と同義語です。「足の間から離れない」とは、子孫を意味
する詩的な用語です。つまり、ユダの部族は常に王職をもつ子孫に
恵まれることを意味します。

この権威は、シロが来るまで続きます。シロとは「平和(安息)
をもたらす者」を意味します。

つまり再臨のキリストの到来まで続き、「諸国の民は彼に従う」
と言います。主の再臨の時にすべての諸国民は、キリストのもとに
来て、神の教えを受けるというのです。

11節で、「彼はろばをぶどうの木に、雌ろばの子を良いぶどうの木
につなぐ。彼は自分の衣をぶどう酒で、着物をぶどう汁で洗う」と
言います。ロバは労働を終え、単なる杭ではなく、豊かに実を結んで
いるぶどうの木につながれると言うのですから幸いです。

私たちは自分の労苦をやめなければならないのです。教会生活は、
私たちがすべての労苦するろばを豊かな実をつけたぶどうの木に
つなぐことです。これが、目的、目標なのです。ここに安息と享受
があります。これらの譬えは、あまりに豊かであることを暗示して
います。

◎同じように、衣や着物をぶどう酒やぶどう汁で洗う、というのは
収穫の豊かさを指します。これは、労苦が終わり、豊富さの中での
安息が、ろばのためにさえ始まったことを見せています。今は
もはや種をまく時ではなく、収穫の時なのです。

これは正確には、千年王国の時を指していますが、今でもその前味
を知ることができます。労働する時でなく、満ち足りた収穫の豊かさ
を味わう時なのです。

12節で「彼の目はぶどう酒によって輝き、歯は乳によって白くなる」
と言われています。

聖書では、ぶどう酒は、神の命の救いの喜びを象徴します。
乳は、私たちに命の養いを与えます。再臨の主の目は、生き生き
しています。この安息は獅子なるキリストにかかっているのです。

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