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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道〜 Vol.1209

2019/02/16

賢者の道〜Vol.1209「ヤコブの祭壇経験の前進」2019-2-16
聖書:創世記35章1〜7節  

◎神は、ヤコブに「ベイテール(神の家)に上り、そこに住みなさ
い」(創世記35:1)と命じます。

じつに聖書は、「はじめに」(ベレシート)神の創造で始まり、神の
居場所である住まいで終わりますが、この聖書の最初に出てくる文字
ベートは、家(ベイト)に似せてつくった文字で人をもてなし、人を
守ることを意味するのは興味深いことです。

しかも「レシート」(はじめ}とは、頂点、クライマックスの意味も
持ちますから、「始めであり、終わりである」キリスト(黙22:13)
は、ギリシャ語ではアルファでありオメガですが、ヘブル語ならば
アレフでありタヴということになります。

アレフは、宇宙を象徴し左から右への科めの線は、天界を表す右上
部分と地上界を表す左下郎分の媒介です。最後の文字タヴは、神の
しるし、創造の完成、被造物全体を意味する文字で、完成作用でも
あります。

このように聖書のはじめに、キリストが、神の創造された宇宙、
被造物の完成であり、神の家、住まい、宮であるべィテールこそ
神の究極的目標であることが暗示されており、「神の家とは、
真理の柱であり土台であり生ける神の教会です」(テモテ3:15)。

◎ヤコブが、神に選ばれた目的は何だったのでしようか。
それは、ベィテール(神の居場所)の構築にあったといえます。
彼の後、イスラエルの民は幕屋を造り、続いて神殿を造りました。

そして新約時代にはイエスなる幕屋(「言葉は肉体となって私たち
の間に幕屋を張られた「エスクーニオセン〈現在形スクーノ〉」
(ヨハネ1:14)と教会である神殿(「あなたがたは神の神殿なの
です」(コリ3:16)に受け継がれ、すべての聖徒が神の霊の住ま
われる神殿とみなしています。

これが究極的完成として、ベィテールの究極の結果である神の都
「新しいエルサレム」です。

それをヤコプに夢を通してご自身の目的を啓示したので、ヤコプは
ベィテール(神の家)を持つという志が与えられたのでした。
しかしこれまで彼はそれを忘れ、無視して、自分の思いに勝手に
歩んでいたのでした。

ですが今や、一人娘が汚され、息子たちが残忍な姿になって略奪を
することによって、ヤコブの心は根本的な転機を迎えたのです。
神は彼の心に人ってきて、ペイテールに行き、そこに神の祭壇を
築くように言われたのです。

ベィテールに上るためにまずしたことは、祭壇を築くことです。
ここで神は三つのことを行うように告げます。上って、住み、祭壇を
築くことです。ベィテールに上るためにまずしたことは、古い生活
様式の脱ぎ捨てです。

彼の家族は叔父ラバンのもとから逃げるとき、家庭にあった偶像を
持ち出してきました。異国の神々などの偶像を捨てることが
ベィテールヘ入る第1の準備でした(創35:1)。

しかしこのことは、神から強いられてしたのではありませんでした。
神の住まいのために除去すべき最初のものは、私たちの偶像です。
物質的には偶像を持ってないと言うかもしれませんが、神と置き
換わるものは何であれ偶像です。

配偶者、肉親、子どもも偶像となることもあります。健康と幸福を
得るために偶像を拝むのです。今や、ヤコブの家族にとってそれら
健康や幸福は神のために必要となったのです。以前は自分のためで
した。

◎次に、「身を清めて衣服を着替える」ように命じました(35:2)。
これは生活習慣、表現が変えられることを意味します。教会生活
には、祈り、賛美、あかしがあります。

これに順応すればきよめられないはずがありません。造り変えま
すし、変え続けます。これがペィテールです。

徹底的な一掃の後、ペィテールに上り、神に祭壇を築きました。
そのとき母リベカの乳母デボラが死んで、ベィテールの下手に
ある樫の木の下に葬られたのです。

おそらくリベカはすでになくなっていたのでしょう。ですから
デボラは母に代わる慰めでした。その人がベィテールの経験を
したとたん、神によって取り去られました。

教会生活を始めたとたん、私たちの「デボラ」を取り去られるの
です。顧みてくれる乳母はいなくなるのですが、にもかかわらず
「デボラ」を求め続ける人もいます。偶像、耳飾り、乳母が葬ら
れる、これがきよめです。

ここで現れる神は「エル・ベィテール」(神の家の神)です(35:7)。
個人的な神でなく、集団的なからだとしての神です。

これまでアベルの神、ノアの神、アプラハムの神、イサクの神で
したが、ここで個人の伸を超えてエル・ベィテール、神の家の神を
経験します。

これは教会生活をしないと出会えない神経験なのです。みんなが
次々に祈り、あかしを誰もがなし、みんなで奉仕する経験、これが
エル・ペィテールの経験です。

しかもこの経験は祭壇を中心にもたれます。ヤコプの祭壇の経験は
前進しました。彼はベィテールで幻を見たとき(28:18)、祭壇を
築きませんでした。ただ石の柱を立てただけでした。スコトで自分の
家と家畜の小屋を建てましたが、祭壇は築きませんでした(33:17)。

◎最後に、シケムにたどり着き、天幕を張り、祭壇「エル・エロヘィ・
イスラエル」(=イスラエルの神の神、イスラエル自身の神)を築き
ました(33:19)。

ヤコブは、今やイスラエルと名を変えていましたから、彼の個人の
神のための祭壇で、神の家の祭壇ではなかったのです。教会生活の
中で築かれた祭壇ではなかったのです。シケムとは肩を意味し、
力を象徴して、強める場所であることが分かります。

強めるリバイバルはシケムで起こります。クリスチャン生活を強め
ますが、教会生活を扱わない場合が多いものです。シケムの祭壇は
まだ個人的祭壇なのです。

神は彼に34章の経験をもって平安を失わせベィテールに真の祭壇
(エル・ベィテール)を築かせたのです。それこそ大きな献身を
必要とする祭壇であったのです。

教会生活は、怒らせるもので満ちています。肉が殺されなければ
去るしかありません、それがエル・ベィテールです。
ヤコブが新しい名をベヌエルで変えられましたが、その新しい名を
経験したのはペィテールでした。

教会生活は造り変えられた、より新しくなるイスラエルの生活なの
です。

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