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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道〜 Vol.1202

2019/01/16

賢者の道〜Vol.1202「ヤコブの夢物語」2019-1-16
聖書:創世記28:10〜22  

◎ヤコブの生涯で重大な転機となるのがベテルでの夢物語です。
この意義を良く知るには、なぜ見たのか、どこで見たのか、いつ
見たのかを理解しなければなりません。

ここで確認しておくべき事があります。それは神はヤコブをあらか
じめ選び、祝福を与え、神の代理者として立つこと、「兄が弟に
仕える」(創25:23)と定められていたということです。

弟のヤコブが初めから第一であるように聖定されており、兄の
エソウは第二であるよう意図されていたのです。それには、
生来の肉の力が対処されていなければなりませんでした。

よって神は主権を持って彼を第2番目に置いたのでした。神は私た
ちにも長子の権利を与えたいのですが、生来の肉の人にはその資格
がなく、造り変えられる必要があります。

神はヤコブの中にあった霊的なものを引き出すためにあえて第2の
位置に置いたのです。これが神の按配です。そのためヤコブは孤独
な放浪者となり長くつらい旅をつづけざるを得なかったのです。

皆さんも自分の過去を考えて見ましょう。多くの人は愛する人を
失い、孤独になり苦しんでいます。幸せだったとき天の夢は来ませ
んでした。しかし環境が全く喜ばしいものでない時、夢がやって
きたのではないでしょうか。

それが霊的ビジョンです。ヤコブが、ハランに向かう途中の夕刻、
とある場所で一夜を野宿することになったのです。彼は石を枕に、
横になったというのです(創28:11)。

これは、すべての人の行ないが脇にやられたことを意味します。
家なく、宿なく、ベットなく、人によって造られたものは何もあ
りません。

あるものはみな神が造られたものだけでした。霊的生活の夢が来る
時は、ほとんどすべての人が造ったものが抹殺され、片づけられた
時であるという原則を知っておくべきです。

ヤコブは木の枕を避け、石の枕を使ったと言うことに意義があるの
です。人の造ったものは役に立たず、神の造られたものにだけ
信頼する時、天から夢がやってくるのです。

断食は、その実践の一つでもあります。ですからビジョンを持ちたい
なら、ある苦難を持たなければならないのです。人が困難をもたらし
悩ます時、妻や夫があなたを悩ます時、天の夢がやって来るチャンス
でもあります。

大部分の天からのビジョンは、虐待されている時、苦難の時に来ます。
これらを拒んでいればいるほど、ますます苦難が追いかけてくるで
しょう。ですからこれを受け止めるのです。そして耐えるのです。

そのとき天からのビジョンを受けるからです。もし何の苦難もなけ
れば、何の夢もないでしょう。

いま皆さんは失望しているかもしれません。それにもかかわらず、
そのような時に、夢が来るのです。

◎ヤコブが見た夢はどのようなものだったでしょうか。
それは階段(梯子=スラム)が地上に立っており、尖端は天に達し
ており、そこを神の天使たちが昇り降りしている情景でした
(創28:12)。

おそらく梯子は既にあったのでしょうが、夢を見るまで、ヤコブの
目には見えなかったのでしょう。
これは、長子の権利を受けるための必要なすべてのものが、私たち
が救われる以前から既にあったことを意味します。

問題は見ることができなかったことです。夢の中で梯子が天から
下って来たのを見たのではありません。

ヤコブは既にあったものを見、天使たちは、「昇り、降り」して
いたのです。「降り、昇り」の順序ではないのは既に天使たちは
地上にいて梯子を昇って行った事を示しています。

もし梯子が天から下りて来て、天使たちがそこを降って来たのなら、
ヤコブの夢は、彼の祈りや願いの成就ととれます。祈りの応答と
見られます。

しかしここでは全くそうではありませんでした。祈ることもしてない
のに突然、梯子が現れたのです。これは神のあらかじめの計画の現われ
と見られます。

私たちが救われたのも、祈ったからではありません。反対に、救いが
私たちを待っていたのです。天が開けたのは祈ったから、断食したから
ではなく、既に開いていたのです。

それはベテルに来ることなのです。既に梯子が置かれてあるベテル
に来ることです。天のビジョン、天の夢を見るには教会に入る以外
にないのです。

なぜなら、新約聖書ヨハネ1:51で、キリストこそヤコブが見た梯子
であることが分かるからです。

イエスはナタナエルに「天が開け、神の天使たちが人の子の上に
昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる」と言われました。
キリストは天と地を結合させるお方で、梯子が地上に立てられた
ように、キリストはいまも地上に据えられています。

◎キリストはいまどこにおられるでしょうか?
肉の感覚では天ですが、内なる感覚では私たちのすぐ前におられ
ます。なぜなら主は地上に据えられるからです。つまりいまや
キリストは天にいるだけでなく地上にもおられ、天と地とを結合
する梯子となっているのです。

地上の私たちの動向は天使たちによって天に届けられ、良いものを
持ってきてくださるのです。教会はベテル(神の家バイ―ツ)、
天の門は、教会生活の中にあります。

ここで天に触れる感覚を内側に持つとき、梯子なるキリストが
現れます。あらゆる霊的経験は夢です。それはキリストを見る
ことなのです。主に触れるとき、一切の問題が解決します。

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