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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道〜 Vol.1187

2018/11/21

賢者の道〜Vol.1187「御霊の一致」2018-11-21
聖書:エフェソの使徒への手紙4章2〜3節

■一切高ぶることなく、柔和で、寛容の心を持ちなさい。愛をもって
互いに忍耐し、平和のきずなで結ばれて、霊による一致を保つように
努めなさい。

1.クリスチャンの模範的態度
聖徒は、召しのふさわしく歩むように、即ち、謙遜と柔和の限りを
尽くし、愛をもって互いに忍びあうことによって特徴づけられる歩み
をするように勧められています(エペソ4章2節)。このためには
「平和の絆で結ばれて、霊の一致を熱心に保つ」ことが要求されて
います(エペソ4章3節)。

2.一致とは何か
「一致」というのは、私達が自分自身に対する正しい評価と自分自身
の至らなさ、欠点に対する認識、そしてキリストのへりくだりの反映
である、気取らない自己謙遜を持っている場合にだけ存在しうるもの
です。

また、それは神の取扱いに対して喜んで従う心を働かすときにだけ
存在できるのです。この心は腹が立って怒っているときでさえ、他人
への気遣い、思いやりを起こします。それはキリストの柔和の反映
です。

また、不当なことも我慢強く耐え、また、おだやかな堅忍によって
失望に立ち向かう寛容です。そのようにしてのみ、私達はお互いを
愛のうちに忍び合うことができるのです。

ぜひ記憶して頂きたいことは、この「一致」は、既にあるものだと
いうことです。それを作りだそうと努力しなくても存在するのです。
教会は一つの神聖な実体です。神の御霊がそう作られたからです。

聖霊様の存在が、教会に神の宮としてのふさわしさを与え(エペソ
2章22節)、そのような聖霊様の力が教会に一致を与えるのです。
ですから人間的な取り決めや組織が生み出した一致ではないのです。

3.必然の結果の一致
人生には偶然的モチーフが導入されることが多分にあります。
しかし、一見偶然に見えることでも、これを子細に観察すれば、
何らかの因果関係に繋がるものです。

また、ある事件が進行している人生行路の中に、全く偶然に入って
くる場合にも、それと事件との結びつき方には、必ず必然性が伴う
ものであって、偶然が一切を支配するというようなことは、私達の
社会にはありません。

だから、本当に現実を観察する人は、自己の人生行路において
偶然に頼る必要を感じないなずです。ですから全ての無慈悲、憤り
怒り、叫び、そしり、そして一切の悪意を捨去ることです(エペソ
4章31節)。

真の教会には、そういった類のものは、存在してなく、また、存在
させてもいけないからです。既に一致があるからです。悪辣な嫌が
らせ、誤解、濡れ衣など「肉の業」(ガラテヤ5章19節)は、教会
には存在せず、教会に生きる者は、たとえそれが痛みや損失を生む
ことになろうと惑わされてはならないからです。

あるのはただ「赦し」だけです。「互いに親切にし、憐れみの心で
接し、神がキリストによってあなたがたを赦して下さったように、
赦し合いなさい」(エペソ4章32節)。というパウロの勧告は、御霊
の一致の必然性を知る者の言葉であり、単なる道徳的な勧告ではあり
ません。

復活の主の命に満ちた教会の御霊の一致の現れこそ「霊の実」(ガラ
テヤ5章22節)であり、既にある一致のゆえに「穏やかに、敬意を
もって正しい良心で、弁明し)「1ペテロ3:16)、「悪をもって悪に
侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を祈る」(1ペテロ3:9)
者でなければならないのです。

このような御霊にある一致の歩みをするとき、主イエス・キリストは
教会に霊的な指導と保護の備えをして下さいます。神の言葉によって
行動する時、御霊の一致の実が現れてきます。

神の愛の秩序を壊す破壊的な事件があるとしても、それに惑わされず
神の必然に生きる時、「主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ」
(エペソ4:5)「体は一つ、御霊は一つ、望みは一つ」(エペソ4:4)
などの教会を特徴づける一致が、天的な一致、霊的な一致として現れ
出てくるのです。

聖徒達を結び合わし、貫き、相愛する御霊は一つだからです。その
一致は、まだ目には見えませんが、キリストが再臨され、共にいる
聖徒達と現れるとき、それは誰の目にも明らかなものとなります。

■エルサレムの神殿を築くとき、人々はそれぞれの家族と共に自分の
家の向かい合っているところを築き、しかもそれは、古い土台の上
に築かれました(ネヘミヤ3章)。

◎築くにあたって、一致の心配をする必要はありませんでした。城壁
が十分にできあがった時、各自の受け持った部分は、合い連なって
一つに結び合わされたのです。このように一致は、時至った結果
なのです。

聖徒達は神の必然にあります。同一の価値ある十字架の血潮によって
贖いだされた聖徒たちは、既に一つなのです。各自が置かれた場所
で、キリストの御名を賛美し、キリストに服従して、お従いする時
一致は必ず明らかな結果となって現れてくるのです。

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