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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道〜 Vol.1171

2018/09/26

賢者の道〜Vol.1171「主に従う代価」2018-9-26
聖書:マタイ福音書8章18〜34節

◎イエスは群衆の数がだんだん膨れ上がってくるので、離れ向こう
岸に行くように舟の手配を弟子たちに命じました。

好奇的な人々と一緒にいるのを望まず、誠実にご自身を追い求める
人だけを顧みられたのです。そのとき、あるユダヤ教の教師の一人が
「先生、あなたがどこへ行かれようとついてまいります」と申し出ま
した。

彼はそのための代償がどのようなものかを考えていませんでした。
そこでイエスは、神に従う道とはどのようなものなのかを教えま
した。

これは外の宗教者には理解できないものであったのです。宗教に
すがろうとする多くの人は手っ取り早くご利益を得ることを願い
ます。

しかし真の祝福、堅い岩の上に建てられた家のような堅固な祝福を
得るのは覚悟が必要だというのです。

◎イエスは神性を宿していましたが、常に人の子としての立場を取ら
れました。

「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する
所もない」と、救い主として来た自分には家はおろか、横になる所
もない、あなたには鳥や狐にある安眠する場所すらなくなるのですよ、
と言われたのです。

これは、主に従うのは、物質的なものを期待してはならない、
ということを教えたのです。
このような代価を払ってこそ真の祝福、霊的な恵みを得る道が備え
られるのです。

イエスは冷淡にも、失望させました。軽々しく従う事のないように
警告したのです。おそらくこの教師は失望して従わなかったと思わ
れます。代価を過小評価したのでした。
 
ところがある弟子の一人は、反対に代価を過大評価し、「主よ、
お従いしますが、私の父が亡くなったので葬式を出してから従わ
せてください」と許しを請いました。

ところがこの弟子に対しては、葬儀のことも一切忘れて、亡くなった
人のことは、霊的に死んでいる人たちにまかせて、自分に従ってきな
さいと励ましたのです。

最初の「死んでいる者たち」とは、エフェソ2:1、5に述べられた
ような「霊的死者」を指します。私たちは、以前罪と過ちのため
に死んでいたのですが、キリストの愛によって救われたのです。

この2つの事例から、人との接触が難しい事を知ります。イエスが、
両方の人を受け入れたのですが、区別して一方を失望させ、他方
を励ましたのです。

これらを通して天の国の王に従う道を見いだします。
第1に、何の物質的な享受をもつことを期待してはならないのです。
第2に、この世の霊的死者の要求を無視しなければならないのです。
「死人を葬る事は、死人に任せておくがよい」のです。

イエスの指示通り弟子たちは舟に乗り込み対岸に向かいました。
イエスには何もありませんでしたが、神の権威は持っていました。

この権威は3つの面から成っています。
それは自然界を支配する権威、悪霊を支配する権威、罪を許す権威
です。

◎では、最初の2つの権威を見ましょう。
イエスと弟子の一行が湖に乗り出してしばらくすると「激しい嵐が
起こり、舟は波にのまれそうになった。そのときイエスは眠って
おられた」のです。

あわてた弟子たちはイエスを揺り動かし、「主よ、助けてください。
おぼれそうです」と叫びました。
するとイエスは「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ」と言いま
した。対岸に渡れと命じ、舟を用意させたのはイエスでした。

この主イエスが天と地を造られた神であることを忘れ、救い主
(メシア)であることも忘れたのか、イエスの言葉に力がある事
すら信じていなかったのです。

対岸で悪霊を追い出すことを察した彼らが、来るのを阻止しようと
嵐を起こしたのです。しかしイエスが風と海の背後にいた悪霊たち
を叱りつけると、嵐はぴたりとやみ、大なぎになりました。

叱責したのは、命のないものにではなく、人格のあるものになされ
たのです。大なぎは小さかった弟子たちの信仰の量と対照的でした。
こうして悪霊は従ったのです。決して風や海が従ったのではあリま
せんが、環境に対しても主は権威を持って臨まれます。

対岸のガダラ人の地に着かれた一行は、悪霊憑きの2人の凶暴な者
に出会いました。イエスは自分を「人の子」(20節)で呼んだのに
対し、彼らは「神の子」(29節)と呼び、人の子の立場から引き離
そうとしました。

もしそうなったら敵を打ち破る事は出来なかったでしょう。苦しめ
られたくないので悪霊たちは、豚の中に送ってくれと懇願しました。

イエスが「行け」と命じると豚の中に入って、豚の群れは悪霊に
取り憑かれて我慢できず崖を下って湖の中になだれ込み溺れ死ん
でしまいました。

町の人々は、豚を失ったのでイエスを拒否しました。彼らの欲っし
たのは穢れた豚であって、天の国の王ではありませんでした。

生計の立て方が穢れていた(不正常)ので、主を拒んだのです。
つまり主が地方に来られたのは、あらゆるものを正常に回復する
ためでした。

このように主の権威あるお取り扱いを得て正常を回復するには、
それなりの代価を支払わなければならないのです。

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発行:ファイアサイド  
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