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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道〜 Vol.1134

2018/05/12

賢者の道〜Vol.1134「神の選びの場所」2018-5-12

◎聖書では、私達は神が選ばれた場所で礼拝を持たなければならない
と告げています。それは、どんなところでしょうか?

1.自分の好む場所
申命記12章でモーセは「あなたがたの神、主が選ばれた場所」へ行く
ように民に命じました。14章23節で、神の民は彼らの神、主が選ばれ
た場所で十分の一を食べるように命じられました。

この唯一の場所の問題が繰り返し述べられているのは、それが決定的
に重要な事柄を啓示しているからです。申命記12章では、イスラエル
の子らは、異教の諸々の礼拝場所、偶像、その名を徹底的に壊し、
取り除かなければなりませんでした。

「必ず、あなた達の神、主がその名を置くために全部族の中から選ば
れる場所、すなわち、主の住まいを尋ね、そこへ行きなさい」(5節)。
神の選びの場所は、神の住まいであったことを示しています。

私達は、クリスチャンになってからも、山や丘や茂った木の下で偶像
礼拝を持っているかもしれませんが、モーセは、あらゆる偶像の名を
消し去れと命じました(12:3)。

神の選ばれた場所に行くのは、神を畏れるからです(14:23)。
神は礼拝場所を選ぶ自由を私達に許してはいません。その選択は、
主のことです。私達のえり好みではありません。

「あなた達は、我々が今日、ここでそうしているように、それぞれ
自分が正しいと見なすことを決して行ってはならない」(12:8)。

私達は、しばしば自分にとってある事は正しいとか、正しくないとか
を口にしますが、私達は、神の目に正しい事を行わなければなりま
せん。

「あなたは、自分の好む場所で焼き尽くす献げ物をささげないように
注意しなさい。ただ主が、あなたの一部族の中に選ばれた場所で焼き
尽くす献げ物をささげ、私の命じるとことを行わなければならない」
(12:13)。

その理由は、神の恵みを濫用してはならないからです。産物や羊や
牛の初子の十分の一は、家で食べてはならず、主が選ばれた場所
主の住まいで食べなければならなかったのです。

これは、好き勝手に恵みを享受する権利はなかったことを意味します。
この原則は、教会生活にも当てはまります。

もし教会の集会に来ないのでしたら、キリストの最上の恵みを享受
することはできません。また神の選ばれた場所に行くのは、兄弟姉妹
達と一つとならざるを得なくなります。

時々、私達は、ある兄弟姉妹に会いたくないと思うかもしれません。
集会に出席しても、何とか避けようとしてしまうかもしれません。

その時、私達は、主の最上の分を受けることができなくなるでしょう。
従って、祈って、どんな問題も解決されるようにしなければならない
のです。

イスラエルの民は、年に3度、エルサレムに上ることが要求されて
いました。それを拒めば、神の民から締め出されたのです。ですから
どんな問題があっても祈って解決しなければならないのです。

神の選びの場所が、イスラエルの民が一つであることを保ったのです。
彼らが神の選びに従う限り、一つであるほかなかったのです。私達
クリスチャンも神に選ばれた民です。他の信者と折り合いが悪くとも
簡単に違った礼拝場所に行くことは、良い事ではありません。それは
命と祝福を失うからです。

2.では、主の選びの場所は、どうやって識別すべきなのでしょうか?

第1の原則は、神とキリスト以外の名があるべき所ではない、と言う
ことです。主の御自身の名が置かれてある所です。イエスは、私達が
イエス・キリストの名の中に集められることを語っています、

「二人、または三人が私の名によって集まるところには、私もその中
にいるのである」(マタイ福音書18章20節)。
そこは、主の名が置かれた教会です。キリストの体である教会こそ
主が選ばれた場所です。

第2の原則は、神の住まいであるということです。それは、霊の中に
あり、そこが神の選ばれた場所であることを意味します。今日、神の
住まいは、私達の霊の中にあります。

これを顧みなかったり無視して、思いや感情や意志の領域だけで
教会を認識しようとするなら、それは気をつけねばなりません。
ことに愛や施しをもって人間愛を実践している所を神の住まいと勘違
いしないようにすべきです。

私達の霊に注がれた復活の主イエスの命の霊を聖霊と呼びますが、これ
が内住しています所に神が臨在され、働かれるのです。この聖霊の実が
成長すると私達の思いも作り変えられます。

ガラテヤの使徒への手紙5章22節で、それは「愛であり、喜び、平和、
寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です」とあります。神の住まい
にある人は、肉の業から離れるようになります。

肉の業とは、「姦淫、わいせつ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、
そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみ、泥酔、酒宴、その
他このたぐいのものです」。

神の住まいに生きるとは、神の支配、神の国を受け継ぎ、「無慈悲、
憤り、怒り、わめき、そしりなど」を捨てることです(エフェソ4:31)。

第3の原則とは、良き地の十分の一や牛や羊の初子を享受する場所です。
ある特定の場所が、主の享受を感じないなら、そこが神の選ばれた
場所であるか問うべきです。

キリストにある満足を御言葉と兄弟達の交わりの中から得られる
はずです。

◎最後に、神が選ばれた場所が、喜びと満足の場所です。そこには
喜ばしいどよめきがあります。
それは、生命の本質が正しく認識され、命の表現がなされている所です。
「生命の本質」は、この愛の表現です。

一人は万人のために生き、万人は一人のために命を投げ出して生きる。
これが、愛の福祉となって表現されるのです。つまり、神の選ばれた
場所とは、生命の輝きを表現できるミッションです。

使命を与えられた場所で、喜びのどよめきが起こるはずです。

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発行:ファイアサイド   
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