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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道〜 Vol.1131

2018/05/02

賢者の道〜Vol.1131「イエスの救いの恵み」2018-5-2
聖書:エフェソの信徒への手紙2章1〜6節

■さて、あなたがたは、以前は自分の過ちと罪のために死んでいたの
です。この世を支配する者、かの空中に勢力を持つ者、すなわち、
不従順な者たちの内に今も働く霊に従い、過ちと罪を犯して歩んで
いました。

私達も皆、こういう者たちの中にいて、以前は肉の欲望の赴くままに
生活し、肉や心の欲するままに行動していたのであり、ほかの人々と
同じように、生まれながら神の怒りを受けるべき者でした。

しかし、憐れみ豊かな神は、私達をこの上なく愛してくださり、
その愛によって、罪のために死んでいた私達をキリストと共に生かし、
あなたがたの救われたのは恵みによるのです
キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせて
くださいました。

◎主イエスの救いの恵みは、死者を復活させることです。
原則的に言えば、主に救われた人は皆、元々死んだ人でした。
復活とは、主イエスの命が入ってくることによる結果です。救わた
人は誰でも新しく生まれたものであり、死から命に移ったものです。

それはまた、復活した者なのです。死んだ人の特徴は4つあります。

1.この世の人は皆、死んでいる
第1の特徴は死んでいることです。神様の目から見ると人は誰でも皆
死んでいます。聖書では、私達が全て罪人であり(ロマ3:9)、死ん
だ人であって(エフェソ2:1)、主の救いを必要とすることを示して
います。

それはどのようにして死者であることが分かるでしょうか?
死ぬということは聖書によると3つの意義があります。

第1は体の機能停止です。例えば耳が聞こえなくなったら、死んでいる
ことになります。機能を失っているからです。そして全ての体の機能が
停止すれば、死んだことになります。

第2は、感覚がないことです。魂の機能停止です。魂が壊されると感情
表現ができなくなったり、意志が制御できなくなったり、思いの混乱が
起こったりします。

第3は、弱さ、無力さです。霊の機能停止です。ベトサダの池の傍らに
いた38年間病んでいた人は、弱っていました。主から見ると一人の死ん
だ人でした。

弱さは死の兆しであり、死は弱さの源です。誰でも望んで罪悪を犯し
たり不当な事をしたり悪習に染まったりはしません。むしろ反対で、
そうしないように願いつつ罪に染まっていくのです。これが弱さです。
それは人の内側に死の因素があるからです。

過ちと罪に死んでいる人の状態は3つあります。

ア.この世の慣わしに従うこと。

イ.「空中に勢力を持つ者、すなわち不従順な者達の内に今も働く霊
に従う者」であるサタンに従うこと。

ウ.「肉の欲望」に従うことです(エフェソ2:2〜3)。

人は皆、罪に死んでいるので世の慣わしに対抗できず、サタンにも
勝てず、肉に打ち勝てないほど無力であることを説明しています。
それは内側が死んでいるからです。

2.臭くなる
死者の第2の特徴は臭くなっていることです。腐るので死の匂いが
します。死臭を発散させています。

ある人が罪の話を得意になって話すのを聞いていると死んでいるのを
感じるだけでなく死臭が鼻につき、たまらなくなることがあります。
それが鼻につかない人は、その人自身にも同じ死臭があるからです。

死んでいる人には、死臭が感じられませんが、生きている人には
感じられます。

3.葬られている
死者の第3の特徴は、墓の中に葬られていることです。葬られるとは、
あるものの中に陥って、抜け出すことができないことです。
あなたの墓は、何でしょうか?人にはそれぞれの墓があるのです。

4.包まれている
死んだラザロや主イエスは体全体を布で包まれて葬られて、墓の中に
置かれました。これはどういう意味でしょうか?葬られることは、
抜け出られないことであり、包まれることは、行動できない、不自由
であるということです。

あなたは自由でしょうか?多くの人は不自由です。全身が縛られて
いるのです。抜け出られないのです。このが死んでいることの証明
です。

5.死者の必要
死んでいる人にとって必要なのは癒し、矯正ではなく、復活の命
です。死と滅びに必要なのは、命が内側に入って、復活すること
だけです。復活こそ救いの恵みの原則です。

主の救いは、人の欠点を改めることではありません。癒すことでも
ありません。人を復活させてその人にご自身の命を得させることです。

人の問題は、行いに問題があるのでなく、命に問題があるからです。
病気が問題なのではなく、その人の命が問題なのです。ですから
命の復活が必要なのです。それさえあれば死と滅びを取り去ることが
できます。

◎死んだ人が必要とするものは、命と復活です。ではこれはどこで得る
のでしょうか?

聖書は、それをこう記しています。
イエスはマルタに「私は復活であり、命である」と言われました
(ヨハネ11:25)。

ここでは、はっきりと主イエスが復活であり命であると啓示されて
います。死んでいる人が必要なのは主イエスです。要はいかに心の
中に主を迎えるかと言うことで、主の言葉に聞き従うことなのです。

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