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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道〜 Vol.1106

2018/02/03

賢者の道〜Vol.1106「カインとアベルの道」2018-2-3
聖書:創世記4章1〜8節

◎創世記第4章を読んで、カインとアベルはどちらも神にささげ物
をしているのにカインのものを神が受け取らなかったのは不公平
ではないか、と考える人がいるのではないでしょうか。

カインは、博打や盗みをしていたわけでなく一生懸命に働いて、神に
仕え礼拝していたではないかというのです。それにもかかわらず
彼の行為は神の満足を得なかったと言う訳です。

それは神の望まれる方法によってでなく、彼自身の考えと方法に
よってなしたことに問題であったのです。カインは神に仕えていた
のでなく、自分自身に仕えていたのです。

◎彼の観念、知性が彼の神であったのです。
そのような行為はすべて僭越であったのです。しかし、アベルの
ささげ物はキリストの予表だったのです。

神が彼のささげ物を顧みられないのを知った時、「カインは激しく
怒って顔を伏せた」のです。カインの道にある人は、アベルの道に
ある人が神に重んじられるのを見て宗教的嫉みをもってたけり立ち
ます。

あなたの道は神の御言に従っているでしょうか?
それとも自分の観念に従っているのでしょうか?

カインの道は、サタンの動機付けの下で、僭越にも人自身の努力や
自身の発明によって善を行って神を喜ばせ、神を礼拝しようとする
キリストなしの道で、人の感覚では、カインの道は悪くないのです。

神の贖いのアベルの道は、血が流されるキリストの十字架の道で、
「血を流すことなしには、罪の赦しはありえないのです」(ヘブ9:22)。

憐れみに富む神は、カインに「どうして怒るのか。どうして顔を
伏せるのか」と尋ねます。カインよ、あなたは両親から福音を聞い
たはずではないか、なのにそれを聞かず、福音を信じなかった、
私の道を選択せず別の自分勝手な方法に遵った、だから顔を上げら
れないのだ、

もし福音に従い、私の示した道を行くなら顔を上げられるはずだ、
と神は言われたかのようです。

◎カインの道にいる人は、まだ遅くはない、注意して命の道を行か
なければなりません。そうしないなら「罪は戸口で待ち伏せており
お前を求める。お前はそれを支配しなければならない」(4:7)と
警告されています。

罪とサタンとは一つです。神の救いの道を拒否するなら、サタンが
待ち伏せあなたを捕えるのです。彼に打ち勝たなければなりません。
打ち勝つ最上の方法は、自分の判断を避け、神の救いの中に隠れる
ことです。

神の救いはいけにえとしての主イエスです。私たちのために血を
流し、私たちの裸を覆ってくださいました。

◎十字架のもとに身を沈め、サタンの惑わしから自分を守ることです。
サタンは狡猾な者、嘘つき、初めから人殺しです(ヨハネ8:44)。
神に属する人は、神の御言に聞く人で、聖書の御言を聞かない人は、
神に属してはいません(同8:47)。

ペトロは、主イエスが来るべき十字架の苦難と死と復活について
語るや、主をいたわって、それを否定しました。

イエスはそれに対して「サタン、引き下がれ。あなたは私の邪魔を
する者。神のことを思わず、人間のことを思っている」(マタイ
16章22〜23節)言われました。

カインは、弟アベルに言った「さあ、野原に行こう」、こうして
「2人が野原に着いたとき、カインはアベルを襲って殺した」
(4:8)のでした。

カインは自分の思いで勝手な宗教を創り、真の神を利用して、すり
替え、真の神の贖いの道を拒否したので、サタンによって捕えられ、
サタンと共に殺人者になりました。

カインは親を侮り、神の警告を無視し、サタンに捕えられ、自分の
発明した宗教に仕え、真の神に仕えている振りをして、完全にサタン
に占領され、人殺しになったのです。

神の命令である善悪の知識の木の実を採って食べてはならない
禁を犯したことが第一に堕落でしたが、これは第2の堕落です。

これは、人の宗教の発明で始まったのです。人の観念、思いに
従って神を礼拝することで始まりました。人が創った宗教で
礼拝することは、第1の堕落の救いでなく、その堕落の継続です。

人の創った宗教で始まり、殺人行為によって完成しました。宗教的
な人が殺人を犯すことが可能だと考えるでしょうか。しかし、歴史を
見ると、カトリック教会がローマ帝国よりも多くのクリスチャンを
殺したことを発見します。

◎人の第2の堕落は、人による宗教の発明です。
それは人の僭越のゆえに起こり、僭越は、人が神の道を顧みず、
自分の理想、願望と思いだけでなすことを意味します。

人が神の道に従うことを拒み、自分の宗教を発明し、最終的に
神の民を殺す者となったのです。私たちはみなアベルとなり生きる
べきです。

彼は最初の祭司であったのです。私たちは絶えずキリストを神に
ささげなければなりません。悔い改めの涙さえ、アベルの血に勝る
イエスの血の潔めを必要とするからです。

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