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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道〜 Vol.1103

2018/01/24

賢者の道〜Vol.1103「命の息を吹き入れられた」2018-1-24
聖書:創世記2章1〜17節

◎創世記の3章は、人間が初めて罪を犯した場面について記録して
います。

従って、創世記1章と2章は人間が罪を犯す前の状態を記録しています。
創世記3章以後には罪を犯した、すなわち神様からだんだん離れていく
人間の様子について書かれています。

12章からはアブラハムを通して神様が人間を救う計画を始められますが、
人間が罪から完全に開放されているわけではありません。

エデンの園に住んでいる人間についての記録を読んで見ますと、最初
の人間について教えてくれるところがあります。私達人間がどのよう
に創造されたかを分かることによって、どのように生きることが正し
い生き方かが分かるでしょう。

◎人間は土の塵で造られたと聖書は記録しています。
それは、人間はまず自分自身が土の塵で造られた存在である事を
忘れてはならないことの大事さを私達に教えてくれています。

聖書全体の脈絡から見て、人間が高慢になることは、罪の始まりと
見ることもできるでしょう。人間が罪を犯すようになる始まりは、
高慢だとも言えるでしょう。

この人間の高慢をサタンは常に狙っているかも知れません。
人間が高慢になる瞬間、サタンがその人間を操るようになると思って
も大きい間違いではないかも知れません。

その故に、人間は常に謙遜な状態を維持するように努力しなければ
ならないでしょう。

どうすれば謙遜な状態を維持することができるでしょうか。
その一つの方法は、アブラハムの祈りを思い出すことだと思います。
創世記18章27節に、次のように書かれています。

「アブラハムは答えた。塵あくたにすぎないわたしですが、あえて、
わが主に申し上げます」、と。

◎私達が聖書を読むとき、注意深く読まないと、このような祈りが
如何に重要なのかについて気付かないかも知れません。

私達の信仰のご先祖さまは、力を尽くして人類最初の執り成しの
祈りとも言われている祈りをするとき、このような言葉でお祈りを
したのでした。

アブラハムは、自分のために祈りをしているのではありませんでした。
ソドムの人々のために祈りをしているのです。しかし、アブラハムが、
真に心を尽くして切にお祈りをしていることを私達はこのアブラハム
の祈りを読むとき、感じることができると思います。

信仰のご先祖様であるアブラハムは、 神様の心を動かすために、
祈るとき、「塵あくたにすぎないわたし」、と自分を呼んだのでした。
私達は、自分が天地を創造された神様の前に立っていると思えば、
決して高慢にはなれないと思います。

もし、自分が少しでも高慢になったかも知れない、と思ったときには、
このアブラハムの祈りの箇所を思い、神様の御前で謙遜になった
アブラハムの姿勢から学び、高慢な自分をこの聖書の御言葉で洗う
必要があるでしょう。

私達が、神様の前で高慢になると、「塵にすぎないお前は塵に返れ」
という神様の声が聞こえてくるかも知れません。

創世記2章7節には、続いて、「その鼻に命の息を吹き入れられた」、
と記録されています。私達人間の鼻に、創造主なる神様が神の息で
ある「命の息」を吹きいれられたことを私達に教えているのです。

霊である神様の息は、聖書の別のところで、神の息吹とも表現されて
います。これは人間には神様とコミュニケーションができる霊が与え
られたと、解釈できるでしょう。

イエス様は、私達に天の神様を父と呼ぶように教えられました。私達
が、天の神様を父と呼べるのは、天の神様が私達の肉の父だからでは
なく、霊の父だからかも知れません。
 
創世記2章17節は、次のように記録しています。
「ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。
食べると必ず死んでしまう」と。
 
◎ここに書かれている死について考えて見ますと、神様と私達
人間との関係についてもっと明確に分かることができます。

皆様が良く知っている通り、最初の人間は、神様の禁止の命令にも
関わらず、善悪の知識の木の果実を食べました。
善悪の知識の木の果実を食べた人間は生きたのでしょうか、死んだ
のでしょうか。

善悪の知識の木の果実を食べた最初の人間アダムは、930歳まで
生きたと聖書は記録しています。

ここで、私達は聖書のメッセージを良く理解する必要があるのです。

神様と正しい関係を持っていない状態で、すなわちぶどうの木である
御言葉なるイエス様としっかりつながっていない状態で930まで生きた
としても、その生き方は、霊的な死を意味する神様との断絶された
生き方であることを良く知る必要があるのです。
 
私達が、神の言葉を聞いて従わないとき、私達の霊は死んだ状態に
なってしまうのです。神様が最初の人間を創造されるとき、命の息を
吹き入れたのに。

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