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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道〜 Vol.1101

2018/01/17

賢者の道〜Vol.1101「命を生み出す大いなる光」2018-1-17
聖書:創世記1章3〜19節

◎創世記第1章で、万物復興の第1日目に神が光を呼び出したことが
記録されています。神が「光あれ」と言うと光がもたらされました。
神のことばが私達に命を生み出す光をもたらします。光が暗闇を追い
出します。

光とは誰でしょうか。光は、キリスト、神の生ける言葉です。
キリストが真の光として来て、暗闇の中で輝かれた時、暗闇は彼に
打ち勝つことはできませんでした。キリストが真の光です。

神の霊が来て、神の言葉が来て、神の光が来ることに続いて、3つ
の分離が起こります。命を生み出すための行程です。

◎第1の分離は、光と闇との分離です。昼と夜との分割も伴います。
救われてキリストと共に前進すると、暗く曇った闇の夜にいた毎日
から、朝の光を受け、昼の下を歩くようになります。

夕べは朝が来るためのしるしです。「夕べがあり、朝があった」
(5節)のです。朝があり夕があったとは言っていません。それは
夕があり朝があったと言っています。私達は夜から出てきた者です。
新エルサレムに入る時、夜は全くなくなるでしょう。昼が長くなり
夜が短くなるように成長しましょう。

パウロは「光と闇とは何のつながりがありますか」(コリント6:14)
と問います。光の子どもである私達は、暗闇の中に住む人々とくびき
を共にし、混合されるべきではないのです。これを守るなら私達は
さらに大きな光を持つでしょう。

◎第2の分離は、大空の下と上の水の分離です。天的なものと地的な
ものとの分離です(コロサイ3:2)。これは十字架の経験でもあり
ます。

十字架は天的なものと地的なもの、霊的なものと肉的なものとを
分けます。生ける神の言葉は、魂(精神)と霊とを切り離すまでに
分離することができると言っています(ヘブライ4:12)。

私達が何か善いことをしたり語ったとしても、それらが霊の中で
なく、魂(精神・意志・感情)の中に源を持つかもしれません。
それは悪いことではありませんが、霊的に言って、それは神からの
もの、天からのものではありません。それは魂から、地からのもの
です。

更に進んだ分離、光と闇の分離だけでなく、霊(上のもの)と魂
(下のもの)との識別をも必要とするのです。

◎第3の分離は、地と水の分離です。3日目に、命を生み出す乾いた地
が大空の下に現れました。

海は死を表徴し、地は命、キリスト自身を表徴します。キリストは
復活の中で死から出てきて、命を出しました。私達も内側の死の水を
取り除き、内側に乾いた地を見い出さなければ、いかなる命も生まれ
ては来ないのです。

地を水から分けるとは、命を死から分離することを意味します。私達は
命に欠けているものが多いものです。死が満ちている。そして悲しん
だり、病んだり、不安がったりしてます。ですから、祈らなければなり
ません。

私達の話すことの中、家庭の生活のなかには暗さも、この地のものも
死もあってはならないのです。命を生みだす乾いた地がなければなり
ません。あらゆるものが命に満ちているものを見つめているべきです。
植物、動物、人さえこの地から出てきました。これはあらゆる種類
の命がキリストから来ることを予表します。

ノアの洪水で再び死の水で覆われたことがありましたが、これは、
人がキリストから引き離されたことを表徴します。

のちにアブラハムはバベルからカナンの良き地、キリストに入りま
した。いまやこの良い地は、私達のものであり、命を生み出すよ
うに備えられています。

◎4日目に、神は光を担うものを造られました。それは太陽、月、星
でした。1日目の光は、暗闇の半分と死の半分を追い払いました。
4日目の光は、夜も海もない別の世界に私達をもたらします。

これは命を生み出すための光でなく、命の成長の光です。
3日目に光、空気、地が命を生み出しました。神はこれを見て、
良しとされました。そして4日目の光は、命の成長のために照ら
します。

太陽はキリストを示し(マラキ3:20)、神の国で太陽のように輝く
聖徒たちを示します(マタイ13:43)。「義の太陽」の翼(すなわち、
キリストの輝き)には死をいやす力があります。

主の輝きがないなら、死があります。主の輝くが現れる時、死がいや
されます。キリストの誕生は「曙の光の訪れ」つまり昇る太陽で
あったと言っています(ルカ1:78)。

主イエスがガリラヤ湖の湖畔に来られた時、「大いなる光」として
現れたと告げています(マタイ4:16)。光が死の陰の中にいる人々
に照らしたのです。その光こそ主イエスでした。私達はまだ星ですが
いつの日か太陽のように輝くでしょう。

◎月は、教会です。教会時代は夜であり、太陽(キリスト)の光を反射
する月(教会)が必要です。教会に来て、光を受けます。マルティン・
ルター、ジョン・ウエスレー、賀川豊彦は星です。

私達は大きな星ではなくとも、星でありたいのです。月があるとき、
星は必要ないのですが、欠け目があると星が輝きます。

多くの人はキリストにだけ関心があり、教会には関心ありませんと
言います。しかしこういう人は成長できません。1日目に光を持って
いても、4日目の光を持っていないからです。心を教会に向けるなら
正当な光を間接的に受けるのです。

夜間、月に背を向けるなら、顔は暗闇の中にありますが、教会に
戻り、教会と一つとなる時、直ちに輝きます。教会の光は、キリスト
の反射です。教会生活をすればするほど、キリストを獲得し、光を
受け、命において成長し、生きる力を増大していきます。

この夜の教会時代、キリストは星として、輝く明けの明星として
輝きます(黙示録22:16)。勝利を得た聖徒も星です。この4日目の
光は、成長し、識別すためにあるのです。

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