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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道〜 Vol.1094

2017/12/23

賢者の道〜Vol.1094「クリスマスの精神」2017-12-23

◎クリスマスの精神をよく表徴しているものは、サンタクロースで
ある。いつも赤い着物を着て、白い髭を生やし、長靴をはいて大きな
袋を担いで良い子のもとにプレゼントを持って、トナカイに引っ張ら
れた、そりに乗ってやって来る老人であるが、日本では「サンタさん」
と通称されている。

このサンタクロースを通してクリスマスの社会的な意義を学ぶ必要が
あろう。それは、キリストの愛をもって、真のクリスマス精神を人々
の間に植えつけていくことである。

多くの人は、お祭り気分が大好きでクリスマスにどんちゃん騒ぎを
したい人は少なくない。お祭りも悪い訳ではないが、マタイ福音書
5章24節「その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直り
をし、それから帰って来て、供え物を献げなさい」と教えている。

よって社会教育的な記念日として、クリスマスを祝うようなクリス
マス精神を発揚せしめることを考える時期が来ている。それには、
神様の気持ちが分からなければならない。

いと小さき者たちへの奉仕や自分に対して迫害する者や嫌がらせを
する者意見の合わない者と和解してから祭りを持つ、そんな記念日が
クリスマスであったら良い。

隣人が困っている時、自分だけが美味しいものを食べて楽しんで
いては、クリスマスの精神から、だいぶかけ離れている。

1.もう一人の博士
「小石川後楽園」という庭園が東京都文京区にあり、その隣には
東京ドームや遊園地がある。

この後楽園という名は、水戸黄門がつけた名前で、自分の治めている
民の中で一番貧しい人達が、先に楽しんだ後に自分が楽しむという
ことで、自分はそのおすそ分け頂くという思いが込められているの
だそうだが、ここに本当のクリスマスの精神が現われている。

マタイ福音書25章35〜46節には、人が飢えている時に食べさせ、喉
が渇いていた時に飲ませ、旅をしていた時に宿を貸し、病気の時に
見舞い、牢にいた時に訪ねるような人こそ、イエスの兄弟であると
言われている。

ヘンリー・ヴァンダイクの小説『もう一人の博士』(新教出版)は、
その精神をよく表している。

それは、ベツレヘムへと出発した4人の博士がいたが、その内の一人は
お生まれになった救い主イエスに捧げようとしていた宝物を途中で
貧しい人にやってしまって、ようやくイエスに出会ったのは、30数年
後の十字架にかかられた時であった。

するとイエスは彼に「この最も小さい者にしたのは、私にしてくれた
ことなのである」と言われたと言うのである。

私達もこのように最も小さき者、困っている者、貧しい者、病んで
いる者、渇いている者への奉仕をするのが、神の最も喜ばれること
なのであることを自覚しなければならないであろう。

単に「『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。
私の天の父の御心を行う者だけが入るのである」(マタイ福音書7章
21節)とイエスは弟子達に教えられた。

サンタクロースは、良い子のところに重い贈り物を背負って配って
歩いているが、それが本当のクリスマスなのである。

2.サンタクロースの苦労
サンタクロースは、人の行きたくない一番汚い屋根の煙突を潜って
部屋にやって来る。玄関から堂々と入ってくるのではない。こっそり
人の知らないうちにやって来る。

イエスは「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意を
しなさい。・・・施しをする時には、人から褒められようと会堂や
町角でするように、自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。
・・・施しをする時は、右の手のすることを左の手に知らせては
ならない」と命じている(マタイ福音書6章1〜3節)。

また、雪景色の中を、時には吹雪の中を長靴にそりという格好で
困難を押し切って出かけていくサンタクロースを思う。

苦労を犯し時には損をしてでも人のために尽くした使徒パウロは、
『フィリピの使徒への手紙』2章6〜8節で「キリストは、神の身分
でありながら神と等しい者であることに固執しようとは思わず、
かえって自分を無にして、しもべの身分になり人間と同じ者になら
れました。人間の姿で現れ、へりくだって死に至るまで、それも
十字架の死に至るまで従順でした」といっている。

世の中の一番惨めな者のために苦労し、たとえ十字架の死があっても
尽くすようにせよと教えたが、それこそサンタクロースの精神と
等しい。

◎聖書では「女」という言葉を二重の意味で用いている。一つは、
男と女という相対概念として、もう一つは、父なる神(男)に対して
被造物を女として見ている。造られた人間を、すべて女として見なす
という意味がある。

アダムに対してエバが相対するように、花婿なるキリストに対して
教会は、花嫁として相対しているものと表徴されている。

パウロは『1テモテへの手紙』2章15節で「婦人は・・・子を産むこと
によって救われる」と教えているが、この「婦人」には、全ての造ら
れた人間が包含されている。男であろうが女であろうが、霊の子供
たちを産むことによって救われるのである。

多くの子供を持てば、俗悪で愚にもつかないおしゃべりや酒におぼれ
たり、争ったり、金銭に執着する放縦な生活をしている暇もない。
このような者にならないように人々を指導しなさいとパウロは、マケ
ドニアからエフェソにいたテモテに書き送ったのである。

これはまた、クリスマスの精神を教えている。イエスの誕生は愛の
注ぎであった。

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