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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道〜 Vol.1085

2017/11/22

賢者の道〜Vol.1085「明日を待つ」2017-11-22
聖書:イザヤ書9章1〜6節

■しかし、苦しみのあった所に、やみがなくなる。先にはゼブルン
の地とナフタリの地は、はずかしめを受けたが、後には海沿いの道、
ヨルダン川のかなた、異邦人のガリラヤは光栄を受けた。

やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の陰の地に住んで
いた者たちの上に光が照った。

あなたはその国民をふやし、その喜びをまし加えられた。彼らは刈り
入れ時に喜ぶように、分捕り物を分けるときに楽しむように、あなた
の御前で喜んだ。あなたが彼の重荷のくびきと、肩のむち、彼をしい
たげる者の杖を、ミデヤンの日になされたように粉々に砕かれたからだ。

戦場ではいたすべてのくつ、血にまみれた着物は、焼かれて、火の
えじきとなる。

ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、
私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、
力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。

◎紀元前922年のソロモン王の死後、王国は北イスラエルと南ユダに
分裂、北イスラエルでは、エリヤ、アモス、ホセアなどの預言者を
輩出していました。

南ユダでは、イザヤ、エレミヤが現れます。前750年前後、北はアッシ
リアに滅ぼされ、南は587年に新バビロニアによって滅ぼされます。

人々はバビロンに捕虜として連行され、70年間そこに留まりましたが、
ペルシャのクロス王によって解放されます。その間バビロンの地で
預言者として立ったのがエゼキエル、第2イザヤ、ダニエルでした。

殊に、イザヤは、希望と喜びの預言者と言われるように預言者らしい
預言者でした。前746から701までの50年近く活動した上流階級に属し
た人物です。彼は危機と動乱の時代を生き抜きました。

前732年、アッシリアがシリア・パレスチナ地方を制圧したのですが、
アラムと北イスラエルは連合してアッシリアに対抗しました。南ユダ
も仲間に引き入れようとしたのですが、断ります。そこで怒って連合軍
は南ユダを攻めようとします。

そこで南朝きっての悪王アハズは援軍をアッシリアに求めようとした
のです(歴代下28章、列王下16章、イザヤ7章)。アハズ王は同信で
いまは敵となっている北朝を打つために、アッシリアの保護下に入り
その国の神々を信奉しようとしたのです。

◎イザヤは、深い危機感をもったのです。昔は宗教と政治が密接に
結びついていました。

当面はよいのですが、それが結局は命とりになると見たからです。
イスラエルの存在根拠は、神様への信頼と服従以外になかったから
です。

イザヤは、アハズ王にあわてず落ちついて行動しなさい、と助言します。
神様は南朝を必ず救う、彼らの計画は実現しません。これを信じなけ
れば確かにされません、と告げたのです(イザヤ7:9)。

神に基礎を置かない人生は、崩れやすく、倒れてしまう、神を信頼
することが、自分の存在と人生を確立しゆるぎのないものとする、
と信じられていました。

「信愛の道」は、神を信じ愛することにより、神との合一をめざす
のです。われわれは、愛するものと一つになるものなのです。

様々な対象を愛します。親、子、兄弟、友人、富、国家や名声など
です。崇高な人類愛もあれば、自己愛の過剰が、他者への憎しみや
ねたみを生み、生への盲目的愛の結果、病や死への恐怖が生じたり
します。

また、不正や反社会的行為も、富や権力への誤った愛の結果、生じ
たりするのです。

愛は刃物であります。この愛の力を最高の方向で生かす道が、神に
従うことなのだと、ヘブライ人は考えたのでした。従って信仰は、
抽象的なものでなく具体的、現実的なもので、個人の心の中の問題
だけでなく、社会的責任の伴うものだったのです。

◎イザヤは、国家の政治的決断や社会的あり方を信仰の問題として
問うたのです。

「主なる神に、しるしを求めよ」とイザヤはアハズ王に、おとめが
身ごもって男の子を産むしるし(イザヤ7:14)を示します。おとめが
結婚して(多分イザヤの妻)子を産み、その子が善悪を選び得るよう
になる迄には、アラム、北イスラエルの両王ともアッシリアの為に
滅ぼされるとの予兆を告げたのです。

これが遥か将来の救い主誕生の預言となったのはいうまでもありません。
イザヤは2人の息子らを通してイスラエルのしるしと奇蹟を見たのです
(同8・18)。

「闇の中に歩んだ民は大きな光を見、死の陰の地に住む者の上に光が
輝いた」(マタイ福音書4章15,16節)とイザヤ書9章1節が引用された
ように、キリスト教会は、イザヤが預言したメシア(救世主)こそ
イエス・キリストであると解したのでした。

イザヤが悔い改めよとアハズ王に進言した様に、イエスもまた「悔い
改めよ、天の国は近づいた」と告げたのです。

神の真実に生きる者には、光が射し、収穫の喜びが与えられ、窮乏、
飢え死、収奪のあえぎから救われる、戦争も止みメシアの誕生により、
神の支配が始まると言うのです。

これは幻想でしょうか、理想でしょうか。しかしイザヤは、暗黒の
只中でこの確信を貫き、これらを待望したのでした。

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