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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道〜 Vol.1071

2017/10/04

賢者の道〜Vol.1071「認識としての信仰」2017-10-4
聖書:エレミヤ書9章23〜24節

◎信仰とはキリストにおいてあらわされた神に向き合った関係を人間
の側から見た信頼でありますが、もう一つ、その対象に対する認識に
ついてはっきりしていなければなりません。

神と言ってもいかなる神なのか、その区別ができることが認識です。

第一に、信ずる主体が「私」であるということです。

十戒の第一戒「あなたは私の他に何ものも神としてはならない」と
いう言葉は、個が、個の責任を放棄してはならないことを意味します。

石や木を偶像として拝むことだけでなく自己神化をも拒まねばなら
ないのです。「信じさせられる」とか「信仰を与えられる」といった
謙遜的表現をする場合が良くありますが、それが責任回避となって
はならないのです。

信仰は責任的に立たしめるものでなければならないのです。
「我ここに立つ」という姿勢がいつでも望まれるのです。

第二に、信ずる対象が明確であることです。

言いかえれば曖昧な対象を信ずることは拒否するということです。
キリストにおいて現された神のみを信ずるのがキリスト教信仰です。

信ずるとは、何をしたのかを信ずるの省略の形です。いつでも立ち
返ってどういうことをしたのかを考えていないと意味が不明になり
ます。

神との関係、迫りをどう信ずるのかです。存在だけなら関係ありま
せん。それがどう自分に関わってくるのかが問われるのです。災いを
もたらすのか、幸せをもたらすのか、です。

「三位一体の神」がどのようなものなのかを論じても意味の無いこと
なのです。

従って神を信ずるとは、その神がどう関わってくるのか、迫ってくる
のか、神の働きかけを信ずるのです。キリストを信ずるとは、その方
以外をとおす以外の神の痕跡、働きかけを認めないという決意表明な
のです。

贖罪愛を示した十字架のキリストの行為をもって救われた者は、他者
との関係を同じような贖罪の業をもって形成していきます。キリスト
愛の運動を展開していくことが、信仰の課題となるのは言うまでもあ
りません。

第三に、信ずる認識の限界を知ることです。

自己批判原理を持っていることです。エレミヤ書9:23で「知恵、
力、富」への警告がなされています。

共通することは自己増殖性です。みな大きくなろうとします。神を
知るとは、自らの限界を知ることでもあります。知恵とは自分の
生き方が問題となる体験的な認識のことで、知識でもあります。

主を知ることは、知恵・知識なのですが、それ自体が知ることの
自己増殖・自己神化をチェックするのです。

そして神は「慈しみと正義と恵み」(23節)を行う者であると言って
いるのですが、正義の神の変わらない愛を知り、それを誇りなさい
と言うのです。知恵・知識はどんどんふくらみ傲慢になる。だから
神を知り規制されねばならないというのです。

しかし、この神を知るの「知る」を含め、自己の神化を気づかせる
ものが、神の愛、慈しみだというのです。

宗教の専門家が聖書のいたるところで批判されていますが、神を
知っていると自認している人も神に愛されている思いを失うと傲慢
になる危険があり、エレミヤ書8章8〜13では迫力ある警告が見られ
ます。

信ずることは、同時に愛されていることの確認でもあります。愛さ
れているものは、素直になる、もっと愛する主体者に、愛される客体
であるようにと謙遜に従うようになります。

愛するものがいつ、どのように愛してくれるのか分からないのです
から、いつでも、どんなところでも愛されるにふさわしいく振舞う
ようになるのです。

ですから、認識として信仰は、キリストにおいて現された神を客観的
に知るだけでなく、知の限界を知るのです。

第四に、信仰はまやかしに対して戦いを挑むものです。

富がいかに公平を装っても貧者を生み、力がいかに正義を装っても
人々を圧殺する。

知識がいかに愛を装っても抑圧者に支配の手を貸している、つまり
不合理なものが理を曲げているときは、信仰は理性に断固粉砕を命じ
幻想、呪術の世界を打ち破っていきます。

同時にキリスト教信仰自体、観念であるにしても、たえず批判検討
されねばならないわけです。信仰者が自分のうちにまやかしの世界
幻想化された世界をもっていないかどうか、検討しなければならない
のです。

さばきは、日々の私たちのありようのうちに起ってきます。愛が増し
加わることにより、何が重要であるかを判別することができるのです。
純真で責められるところの無い者となることができるのです。

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発行:ファイアサイド  協力:おとずれ社 
まぐまぐ(ID:99821) http://www.mag2.com/
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創刊日:2002-11-10  
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発行周期:週1〜2回発行  
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