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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道〜 Vol.1057

2017/08/16

賢者の道〜Vol.1057「失われた息子」(放蕩息子)2017-8-16
聖書:ルカ福音書15章

◎ルカ福音書15章には「失われた息子」(放蕩息子)の譬話があり
ます。この譬はニ重の目的を持っています。

1.神の愛は悔い改め「父」の家に帰るならば、どんな罪人をもやり
直せるために備えられている事を示す為。

2.罪を悔いる罪人たちに対するファリサイ人の愛の欠如を描く為、
です。

主人公はぼろをまとって歩いている若者です。罪を犯し、両親に
顔向けできず生きている姿は今でもあるのです。

親から財産を得た「弟」は、遠い国へ行った。そして湯水のように
財産を使ってしまった。思慮深さなど全くなかった。

ある日、飢饉が襲い生きる為に余儀なく豚の世話をし、空腹で餌を
食う豚を羨むほどでした。彼はやっと我に返り狂った行動をしていた
のに気づいたのです。

◎罪は、狂気と言えます。彼は自分の父に家に直ちに向かったのです。

受けた歓迎は望んでいた以上のものであった。父はあわれな過去の
形跡を消し去るべく、ぼろをぬがせ、最良の衣服を与え、家族の印
としての指輪を与え、仕事をする権限を与えたのです。

彼には、靴が与えられています。それは新しい回心者には何か役に
立つ仕事に出て行く事が期待されたのです。仕事は治癒的効果を
持っているのです。

失われていた息子ほど喜ばしい事はない。父は御馳走しています。
すると兄が畑から戻り、祝宴の騒ぎに、「これはいったい何事か」と
しもべに尋ねます。報告を聞くと、兄は怒って、祝宴に加わる事を
拒絶します。

父がなだめると、兄は不愉快そうに抗議します。しかし、父は「お前
の弟はいなくなっていたのに見つかった。喜ぶのがあたりまえでは
ないか」と言います。

教会の集団の中で、外側は非難されることなく忠実に義務を果たす
けど、宗教を楽しむのでなく、忍耐している人の雛型が、「兄」です。
彼らのごつごつした律法主義は、自分も回りの者をも不愉快にして
しまうのです。

自分の兄弟を受け入れないなら、私たちは自分の祝福をも失ってしま
うのです。兄もまた、家にあって父の心に帰らなかった失われた者で
あったのです。

この説話はある歴史的出来事に基づく道徳的教訓であったのです。

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