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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道〜 Vol.1031

2017/05/17

賢者の道〜Vol.1031「聖霊を信ず」2017-5-17
聖書:使徒2章1〜4節

■五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、
激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた
家中に響いた。

そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとど
まった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、
ほかの国々の言葉で話しだした。

◎クリスマスの前に待降節があり、イースターの前には受難節がある
のですが、ペンテコステは復活節第7主日の次に突然やって来ます。

イースターから数えて50日目なのですが心の準備期間もなくやって
くるわけです。使徒言行録2章2節にあるように聖霊は「突然」やって
来るもので人間の予知予測できない神の力でもあります。

この聖霊降臨節が教会暦でいつまで続くかといえば、大体10月終り
まで続き、一年の半分が聖霊降臨節なのです。

これは、教会、キリスト者が神の見えざる力である聖霊に負っている事
を意味します。つまり昨日も今日も変わりたもうことなき主が共にいま
したもう(インマヌエル)の事実の証しとして、教会を形成する力が
聖霊でもあるのです。ペンテコステは教会の誕生原因でもあります。

◎つまり、弱い立場の隣人のために存在する教会(ボンフェフェア―)
である時、初めて教会が教会となるのでもあるのです。

米国ではキリスト「教会員」であることが、社会的信用のステータス
であるのであり、真の「教会員」であることとは別なのです。

証しが出来、冒険が出来るキリスト者かどうかが問われているのです。
結果はどうであれ、事実を作っていくかが問われている。

からだを運んでホームレスの支援、デモに足を運ぶかどうかが問われ
ているのです。口数少なく、足数多く、歴史的事実を作っていくかが
霊性(信仰のライフスタイル)に影響するのです。

異邦人伝道に命を賭けたパウロにとって民族差別の克服が一番大事
な事であった。

故マルティン・ルーサーキング牧師は「黒人の兄弟姉妹たちよ、
白人に勝つのではなく、白人の中にある敵意をなくすこと、敵意を
もって勝つのでなく愛をもってせよ。彼らの救いが我らの救いなのだ」
と語っています。

共に生きる、民族の違い、宗教の違いを乗り越えて生きようというの
です。

◎さて聖霊は、第1に主イエスを思い起こさせます。
ヨハネ14:26で「父が私の名によってお遣わしになった聖霊が、
あなたがたにすべてのことを教え、私が話したことをことごとく
思い起してくださる」のですと主イエスは語っています。

主が十字架につき、飼う者のなき羊のように弟子達はイエスを死に
追いやった権力者の追及からおびえ慄いていたのです。

しかしこのペンテコステの日、突然、彼らは大胆に主イエスのことを
証しだしたのです。

なにがそうしたのでしょうか?それは主イエスの愛を思い出したから
です。主が共にいるという霊体交流の秘儀を確認したのです。

◎第2に聖霊は、イエスを主と告白させる神の力でした。
「聖霊によらなければだれも『イエスは主である』とは言えない」
(コリ12:3)のです。この告白は、信仰告白の核となるものです。

主とは、救い主ということです。私自身を裁き、贖い、導き、育て、
自由を与えたもう王の王たるお方、という意味です。この表現は
感謝や喜びの込められた言い表しです。

◎第3に聖霊とは、人を神の子とし、自由と喜びを持たしめるお方です。
「恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けた」(ロマ8:15)のです。

人は創世の初め、神が人に息(=霊)を吹き入れ、生きる者となりました。
ペンテコステの日は、真の人の創造の出来事といえます。

人はいつだって自分の生きている場所に不安を持っています。ここに
いて良いのかと不安になります。いつしか部外者、寄留の外国人の
ようになってしまいます。

だからすぐに人の批判が気になり、人の視線に萎縮します。反対に
なって傲慢に振舞ったり、名誉を求めたりする人もおります。不安
の裏返しです。

ちょとしたことで顔をつぶされたとふてくされます。それは「恐れ
に陥れる霊」に生きているのです。そのような私たちが自由に大胆に
生きるようにとする霊の力が「神の子」とするのです。

聖霊は「助け主」であり共に祈ってくれる方なのです。

◎第4に聖霊は、証しする力と知恵を与えてくださいます。
マタイ10:17〜20に「何をどう言おうかと心配してはならない。その
ときには言うべきことは教えられる。実は、話すのはあなたがたでは
なく、あなたがたの中で語ってくださるのは父の霊である」とあり
ます。

見識をひけらかしたり、格好つけたり、逆に卑屈になったり、評判を
気にするところでは主を証しできないのです。伝道は、父の霊がする
のであり、私達は「然り、否」(マタ5:37)を言う事が大事です。

◎第5に聖霊は、人を結び付けます。
人々はパンを割き、食事を始めます。祝福は、結合なのです。

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