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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.1024

2017/04/22

賢者の道〜Vol.1024「私の羊を飼いなさい」2017-4-22
聖書:ヨハネ福音書21章15〜19節

■食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに「ヨハネの子シモン、
この人たち以上に私を愛しているか」と言われた。ペトロが、
「はい、主よ、私があなたを愛していることは、あなたがご存じ
です」と言うと、イエスは「私の小羊を飼いなさい」と言われた。

2度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、私を愛して
いるか。」ペトロが「はい、主よ、私があなたを愛している
ことは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは「私の羊
の世話をしなさい」と言われた。

3度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、私を愛して
いるか。」ペトロは、イエスが3度目も、「私を愛しているか」
と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは
何もかもご存じです。私があなたを愛していることを、あなたは
よく知っておられます。」イエスは言われた。「私の羊を飼いなさい。

はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、
行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、
他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」
ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そう
として、イエスはこう言われたのである。このように話してから、
ペトロに、「私に従いなさい」と言われた。
 
◎ヨハネ福音書21章1節から14節で主イエスが信徒たちと共に行動
されることを見てきましたが、15節から25節で、主が信徒たちと共
に働き、歩かれることを見ます。

そして牧者として、ご自身の群を牧することによって教会を建て上げ
られるのです。それは、良い羊飼い(10:11)、羊の大牧者(ヘブル
13:20)、大牧者(1ペトロ5:4)です。牧することは、個々の人
たちのためではなく、群れのためです。群れは、教会であり、教会は
形成です。

1.愛の回復  
21:15で、食事が終ると主イエスはペトロに「ヨハネの子シモン、
この人たち以上に私を愛するか」と尋ねます。

ペトロは主を愛していましたが、自分の力、自分の天然の力に信頼
し過ぎていました。ペトロは三度も主を否定し(18章17節、25節、
27節)、率先して主の召しから後退し、失敗しましたが、主は彼の
するままに任せました。

しかし、これに対して主は対処する必要があることを認識していま
した。主は、ご自身に対する愛を回復させる必要があったのです。
そして、教会を牧することを命じました。それは、自分の力に信頼
して主に従うことがないためでした。

主イエスは、ペトロを15節から17節で「ペトロ」とは呼んではいま
せん。その名は、再生された人の新しい名前でした。主は彼を
「シモン」と呼んだのです。これは彼の古い名、天然の人を述べる
名でした。

「ヨハネの子シモン、この人たち以上に私を愛するか」と質問した
のは、「たとえ、皆がつまずいても、私は決してつまずきません」
「あなたのことは知らないなどとは決して申しません」(マタイ26:
33、35)と主を捨てたりしない、死に至るまで主に従うと大胆に告げ
たことを思い出させるためでした。

ペトロの主に対する愛は尊いのでしたが、自己に信頼し、高慢な人
であったのです。そこで彼の天然の強さは対処されねばなりません
でした。

その対処は、二つの方法でなされました。すなわち主を否むことと、
先頭を切って主の召しから後退することにおいてです。

このとき主は彼から手を引かれたので、ペトロはそうしたのでした。
つまずかないでいたのは、主が彼を支えていたからであって、主が
手を離せばつまずくことを教えたのです。

主がしばらく身を引くと、案の定、ペトロは倒れました。あなたに
立つ力があると考えてはならないのです。見えない手が絶えず私たち
を支えているのです。

私が立っているのは多くの聖徒たちが絶えず祈っていてくれるから
です。私たちは自分で立つことはできません。自分で務めをすること
はできません。
 
ペトロは主が尋ねた時、「はい、主よ、私があなたを愛している
ことは、あなたがご存じです」と答えただけでした(15節)。
「はい、愛してます」とか「いや、愛していません」と明確な言葉
で答えることができなかったのです。当惑し、自信を失っていたから
です。ここに、打ち砕かれた人を見ます。

主は同じ質問を三度しています。三度、主を否み、三度目には「火に
あたっていた」(18:25)のですが、21章にも火がありペトロに
思い出させる火があったのです。「あの同じ火のそばでおまえが私を
否んだのを覚えているか」と主は言っておられるかのようです。

21章のペトロは柔和で、砕かれた人が描かれているのです。主による
砕かれた学びを受けた人は幸いです。

2.小羊を養い、羊を飼うこと  
主はペトロの愛を回復した後、彼に命じて「私の小羊を養いな
さい」「私の羊を飼いなさい」と命じています。内なる命の豊
かさをもって養うことです。それには主の豊かさを享受していません
とできません。このために主を愛すること主への愛を回復している
ことが前提となります。

主への信仰は、主を受け入れることですが、主への愛は主を享受する
ことです。そして羊を飼うことは、「羊の群れ」(10:14、16)
である教会を形成するためです(使徒20:28)。

ですから、それは神の教会形成と関係があります(マタイ16:18)。
ペトロはその後、教会成長のために純粋な言葉の乳で養うこと
(1ペトロ2:2)、長老たちは神の羊の群れを模範となって世話
をすることを命じました(同5章2節)。

◎飼うことは、世話することで、養うことは霊の食物を提供すること
です。世話するだけでは十分ではなく、養う必要があるのです。

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発行:ファイアサイド  協力:おとずれ社 
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創刊日:2002-11-10  
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