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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.1022

2017/04/15

賢者の道〜Vol.1022「主の兄弟たちの所へ行って」2017-4-15
聖書:ヨハネ福音書20章11〜18節

■マリアは墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて
墓の中を見ると、イエスの遺体の置いてあった所に、白い衣を
着た2人の天使が見えた。1人は頭の方に、もう1人は足の方に
座っていた。

天使たちが、「婦人よ、なぜ泣いているのか」と言うと、マリア
は言った。「わたしの主が取り去られました。どこに置かれている
のか、わたしには分かりません。」こう言いながら後ろを振り向く
と、イエスの立っておられるのが見えた。しかし、それがイエス
だとは分からなかった。

イエスは言われた。「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜して
いるのか。」マリアは、園丁だと思って言った。「あなたがあの方を
運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、
あの方を引き取ります。」

イエスが、「マリア」と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ
語で、「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。イエスは
言われた。「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ
上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう
言いなさい。『わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、
わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは
上る』と。」

マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、「わたしは
主を見ました」と告げ、また、主から言われたことを伝えた。

◎主の復活の姿は、追い求め続けたマリアの前に現れました。
最初マリアは主が立っているのを見てもそれが主イエスであると認め
ませんでしたが、最終的に彼女の名を呼ばれた後、確かに認めました。

このように主がいまここにおられるのに、私たちもそれがわからな
いし、啓示されていないということがあります。

啓示は私たちが追い求めることにかかっております。今日は独り子
イエスの誕生が、主の復活を通して多くの主の兄弟たちの誕生と
なったことを語ります。

1. 秘密の昇天 
17節で主はマリアに言われます。「私に触って(ハプトー)はいけない。
まだ父のもとへ昇っていないのだから。私の兄弟たちのもとへ行って、
こう言いなさい。『私の父であり、あなたがたの父である方、また、
私の神であり、あなたがたの神である方の所へ私は昇る(アナバ
イノー)』と」。

この節で主は父の許へ昇ることに言及されました。主は天に昇って
父なる神を満足させる前に、マリアにご自身を現されたのです。
その時、彼女は主に触れようとしましたが、それを禁じられました。
それはまだ主が父の許に昇っておられなかったからです。

そして、同じ復活の日の夕方、弟子たちに主がこられた時、「触って
(プセラファオー)よく見なさい」(ルカ24章39節)と求められま
した。つまり主は復活した体をもって天へ昇られ、その日のうちに
弟子たちへ戻って来られたのです。

復活した体を持っておられましたが、釘跡はまだ手や足にあり、脇腹
には槍で突いた跡がありました(20章27節、ルカ24章40節)。これを
見て弟子たちは「喜んだ」(20節)。

これは16章22節の成就でした。主はこう言われていました。「今は
あなたがたも悲しんでいる。しかし、私は再びあなたがたと会い、
あなたがたは心から喜ぶことになる」と。

このように主は弟子たちに会われる前に、ひそかに父の許へ昇ら
れました。

この主の秘密の昇天は、弟子たちの目の前で起こった公の昇天(使徒
1章11節)より、40日前のことです。これは、主が揺祭(ようさい)
のささげ物のために収穫の初穂の「束」(オメール)として父なる
神にささげられたことを意味します。

旧約で初穂の祭は常に揺り動かすささげ物として神殿の中にもたら
されました(レビ23章10〜11節)。前後に動かすささげ物は、復活
したキリストを予表し、上下に動かしてささげる物は、昇天した
キリストを予表しています。

また初穂は収穫されたものの一茎でなく、共に束ねられた多くの茎
です。これは、マタイ福音書27章52節でイエスの死後「墓が開いて、
眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った」と言って
いるように、復活の初穂が主ご自身だけでなく、他の者たちでも
あったのです。共に彼らも束でした。

このように主の秘密の昇天は、16章7節で予言された「去って行く」
ことにより、「弁護者をあなた方のところに送る」との約束の成就が
なされたのは、使徒言行録二章の聖霊降臨ではなく、ヨハネ20章の
聖霊の授与です。

2.主の兄弟たち 
主イエスは昇天する前にマリアに、「私の兄弟たち」のところへ
行って、主が天の父の御許に昇天することを告げるよう命じました
(17節)。ここで多くのクリスチャンは注意を払わなかった点を
見ます。

それは主は弟子たちを「兄弟たち」と呼んでいることです。これま
では決してそうは呼びませんでした。「友」と親密な呼び方をしま
した(15章14節)。

しかし今や主の復活後、「友」は「兄弟」となりました。主の復活を
通して、弟子たちは、12章24節で示された「一粒の麦」のように、
命の分与がなされ、新生し(1ペトロ1章3節)、主の兄弟たちと
なりました。

主の復活によって、弟子たちは主イエスの兄弟となりました。神の
独り子なる主イエスは、ご自身の復活を通して「多くの兄弟たちの
長子」となられました(ロマ8章29節)。ですから、主はマリアに
「私の友の所へ行って」と言わず、「私の兄弟たちの所へ行って」
と言われたのです。

多くの主の「兄弟たち」は、「しみやしわやそのたぐいのものは
何一つない、聖なる、汚れのない、栄光に輝く教会」(エフェソ5章
27節)として、父なる神に賛美の歌をささげるのです(ヘブル2章12節)。

◎主の誕生の証人であった羊飼いたちが「神をあがめ、賛美した」
(ルカ2章20節)事も、復活の主の教会(兄弟たち)を見る思いです。

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発行:ファイアサイド  協力:おとずれ社 
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創刊日:2002-11-10  
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