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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.1012

2017/03/11

賢者の道〜Vol.1012「主に養われた預言者エリヤ」2017-3-11
聖書:列王記上17章1〜16節

◎北のイスラエルのオムリ(在位16年)王朝は、アハブ(在位22年間)
によって引き継がれます。

彼はシドン人の王の娘イゼベルを妻にめとり、進んで男神のバアル
に仕え、それを拝み、首都サマリアにバアル神殿を建て、そのため
の祭壇を築き、また大地の母として知られる女神のアシェラの像を
造り、イスラエルのこれまでの王にまさって、神を怒らせることを
行いました。

このような時代、北イスラエルに突如出現したのが預言者エリヤです。
神はエリヤの背後におり、彼を通してアハブ王を対処されました。

たとえ私たちがいま耐え難い苦しみの中にあったとしても、私たちは
エリヤよりも大いなるもので、三一の神が私たちの内に造り込まれて
いるのですから、勇気を持って主の御用のために前進していきま
しょう。

◎毛皮を着て、腰に皮帯を締め(列下1:8)、勇壮で野生的な預言者
エリヤ(「主こそ我が神」の意)は、罪に陥ったアハブとイゼベルの
行く手に立ちはだかり、その罪を責め、「主は生きておられる」と
言うや、「数年の間、露も降りず、雨も降らないであろう」(列上
17:1)と干ばつを預言し、飢饉が来ることを宣告しました。

彼はそう言うやさっさとヨルダン川の東にある支流はケリトの川の
ほとりに身を隠した。神の命令だったからです。神はエリヤにその川
のほとりに身を隠し、日照りのため喉が乾く時、水で潤され、作物が
出回らなくなり、羊やヤギがやせ細る中、朝夕にからすが運んでくる
パンと肉で養われたのです。

ケリト川の水が涸れると、神の言葉が臨み、今度は、ケリト川から
約120キロ離れた北西にあるシドンのサレプタに行き、そこで1人の
やもめ女によって養われる、と伝えたのでした。

そこで彼は、ガリラヤ湖を越え、イスラエル北端のダンをさらに北上し、
サレプタに向かいました。ここはイゼベル皇后の出身地シドンに近い町
でした。いわばバアル崇拝のお膝元に旅したのです。

そこでも飢饉は深刻で、しかもエリヤを養うために待っていたのは、
よりによって貧しさのどん底でもがくやもめだったのです。肉とパン
を楽しんだケリト川の頃とは対照的な状況が彼を待ち構えていたの
です。

薪を拾っていたやもめにエリヤは、水を所望すると、彼女はその貴重
な水を不平を言わず分け与え、さらにエリヤはパン一切れを所望します。

すると「パンなどありません。ただ壷の中に一握りの小麦粉と瓶の中
にわずかな油があるだけです。いまこの薪で食べ物を作り、息子と
一緒に食べ、その後死のうと考えています」と自殺の計画を聞かさ
れます。

エリヤの要求は、その最期の親子の喜びをも奪うものでした。困窮と
絶望の果ての計画、それは地獄そのものだったのです。そのような
状況の中に訪れたエリヤは、実に十字架につけられ、死にて葬られ、
陰府(よみ)に下られた主イエスを想起します。

◎人間の生き様は地獄を見るようなものです。陰府に下るとは、
地獄に落ちたということです。

では地獄とは何か。おそらく人間の苦悩のすべてであろう。飢え、悲し
み、痛み、ショック、つまずき、立ちはだかる壁、矛盾、濡れ衣、誤解、
絶望、迷い、醜悪さ、汚れ、弱さ、抹殺等であろう。これらの呪縛に
がんじがらめになって抜け出られないのが多くの人の実情ではないで
しょうか。

イエスはこれら一切をその身に負って下った、というのです。つまり
地獄を地獄でなくしてくれたというのが、復活祭の喜びなのです。
「主の救いを黙して待てば、幸いを得る」(哀歌3:26)。

養われるはずのエリヤが、逆に養う羽目になる、「こんなはずでは
なかった」ともらしたくもなったのではないでしょうか。エリヤは、
婦人に「恐れてはならない」と言い、その持っているわずかの材料で
パンを作ってまず「私に持って来なさい」と命じます。

その後で、自分たちのためにパンを作りなさい、なぜなら主は尽きる
ことの無い粉と油を備えるからだ、と命じたのです。エリヤは、彼女
の持っていないものには関心がなく、実際いま持っているものをどう
使うのかに関心を寄せています。

神も同じくそこが見たいのです。「まず第一に」神を神としてあがめ、
神のために何かをするとき、神はその人の願いを満たしてくださるの
です。

◎主に養われるには信仰の挑戦に勝利しなければなりません。
みことばを額面どおり信じて行うことです。サレプタのやもめは
「行って、エリヤの言葉どおりにした」(17:15)ところ、「壷の粉
は尽きることなく、瓶の油もなくならなかった」(17:16)のです。

ところが、ある日、突然やもめの息子が病気で虫の息となり、遂に
死んだのです。自殺を覚悟した親子が餓死寸前で手にしたわずかの
パンをまず神の人に差し出して献身したやもめであっても、息子の死
を見たとき、彼女はエリヤに恨み言を言います。

人は、地獄の経験をすると、神の無関心・神の裁きと勘違いしがち
です。しかし、エリヤが祈ると、息子が生き返りましたように、神の
愛はいつも変わらないのです。

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