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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.1003

2017/02/08

賢者の道〜Vol.1003「ダビデの最後」2017-2-8
聖書:歴代誌上28章6〜12節

■主は私に言われた。『私の家と私の庭を築くのは、あなたの子
ソロモンである。私は自分のために彼を選んで、私の子とし、私は
その父となるからだ。もし彼が、今日のように、私の戒めと法を
しっかりと行うなら、私は彼の王国をとこしえに堅く据えよう』と。

今、イスラエルの全ての人々、主の会衆の目の前で、また私達の
神が聞いておられるこの場所で言う。あなた達の神、主のすべての
戒めに留意し、それを求めよ。こうしてこの恵みの土地を得、これを
あなた達の後に続く子孫にとこしえに受け継がせよ。

わが子ソロモンよ、この父の神を認め、全き心と喜びの魂をもって
その神に仕えよ。主はすべての心を探り、すべての考えの奥底まで
見抜かれるからである。

もし主を求めるなら、主はあなたに御自分を現してくださる。もし
主を捨てるならば、主はあなたをとこしえに拒み続けられる。今、
よく考えよ、主は聖所とすべき家を建てるためにあなたを選ばれた。
勇気をもって行え。」

ダビデはその息子ソロモンに、前廊、さまざまな建物、貯蔵室、階上
の間、奥の部屋、贖罪所の設計図を手渡した。彼はまた、霊を受け
て考えたあらゆるものの設計図を手渡した。そこには主の神殿の中庭、
周囲にあるすべての祭司室、神殿の宝物庫、聖別された物の貯蔵庫が
示されていた。

◎ダビデの生涯の仕事は終わりました。誰にでも最後の時があります。 
そして自ら問うことは、「私の生涯は価値あるものだったのか」と
いう厳粛な問いです。

彼の生涯は失敗の連続でした。中傷、過ちにも満ちていました。
にもかかわらず、神のみこころにかなう人物であったのです。

主イエスがユダヤのベツレヘムという町で、誕生し、飼い葉おけの
中に眠っていた時、夜通し羊の番をしていた羊飼い達に天使が現れ、
「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人に
あれ」と語りました。平和と繁栄が神の御心にかなう人にあれ、との
祝福は、ダビデの生涯にあてられ、その末裔がイエスでした。

いまそのキリストと共に立つ私達は、ダビデと共に立つ恵みをも
得ているのです。ダビデが息子ソロモンに与えた命令の中に、私達は、
神の求められるような者にしてくれる決定的な要因を見いだすことが
できます。

◎歴代誌上28章2節後半からこう記されています。
「私は主の契約の箱、私達の神の足台を安置する神殿を建てる志を
抱き、その建築のために準備を進めてきた。しかし、神は私に言わ
れた。『あなたは戦いに明け暮れ、人々の血を流した。それゆえ、
あなたは私の名のために神殿を築くことは許さない』と」。
 
ダビデの願いは、神殿を建てることでしたが、それは神の御心ではな
かったのでした。そのために戦い、財を集めたのですが、許されな
かったのです。

願望はくじかれました。それで彼は不機嫌になったり、あきらめた
のでしょうか。神から離れてしまったのでしょうか。いいえ、そう
ではありませんでした。彼は御心に従って、自分を献げていくよう
になったのです。

ダビデがエブス人オルナンの麦打ち場を見いだした時、こう言いま
した。「神なる主の神殿はここにこそあるべきだ。イスラエルの
ために焼き尽くす献げ物をささげる祭壇は、ここにこそあるべきだ」
(歴上22章1節)。 

ダビデは、この土地を購入し、神殿の材料を集めました。「見よ、
私は苦労して主の神殿のために金10万キカル、銀100万キカルを準備
した」と言い、青銅も鉄も材木も石材も集めたのです(歴上22:14)。
 
最後に、息子ソロモンに命じて、「勇気をもって雄々しく実行せよ。
恐れてはならない。おじけてはならない。私の神、神なる主はあなた
と共にいて、決してあなたを離れず、捨て置かず、主の神殿に奉仕
する職務をことごとく果させてくださるからである」(歴上28:20)
と語ります。
 
ダビデの願望は、主のために何かをしようとする私達の純粋な願望
と同じです。 「神の為に大胆に何事かをなしたい」というのは
神の国の拡張のために燃える思いを持つのと同じです。

旧約聖書の神殿の描写は、新約聖書の教会の描写です。「あなた方
自身も生きた石として用いられ、霊的な家に造り上げられるように
しなさい。そして聖なる祭司となって神に喜ばれる霊的ないけにえを、
イエス・キリストを通して献げなさい」(1ペトロ2章5節)。
  
◎私達は神に用いられる生涯でありたいと願います。しかし、どこか
で神の拒否されたことのない人はいないでしょう。病気や事故で思い
通りにならなかった人、全然違った分野を生きなければならなかった
人もおられる事でしょう。

自暴自棄になったり、ふてくされたりして残りの人生を終えてしまう
のでしょうか。それとも、にもかかわらず教会を打ち建てるための
役割を果していると言うことができるでしょうか。
 
これは自分の願望を断念し、神の御心を受け入れることなのです。
ああしよう、こうしようと考えますが、神は私達がまっさきに何か
を始めてもらいたくないのです。ただ神はご自身の計画をなすための
通りよき管となってほしいと願っているのです。

もし私が皆さんを教会の人前に立つところの奉仕をさせず、庭の車の
出入りの番人奉仕をさせたらどうでしょうか。立派な話しができる人、
会計ができる人であったら、どう反応するでしょか。これに対す反応
は、皆さんがだれの栄光を求めているかによって異なります。自分
の栄光を求めているのか、それとも神の栄光を求めているのかです。

私達は神の畑、神の建物の協力者なのです。神殿の塗装はできなく
ても、庭のゴミ掃除はできます。植木に水を注ぎことはできなくても、
植木を植えることはできます。しかし、これらの一つがなされなけ
れば仕事は完成しないのです。

ですから、「苦労して主の神殿のために」(歴上22:14)用意するの
です。どんな困難があったとしても、失望してやめたりしないのが
信仰です。「強く、雄々しく、恐れても、おじけてもならない」の
です。悩むのでなく、失望を全き献身をもって受け入れる生涯に
よって豊かにされるのです。

ダビデは、献身と神の拒否を受け入れたことの報酬として、「計画
された工事の全貌を理解」(歴上28:19)し、主のご計画を実行する
ことができたのです。ダビデがソロモンに渡した「霊を受けて考えた
あらゆるものの設計図」(歴上28:12)こそ天からの啓示だったの
です。宝物庫は、聖霊の部屋ですし、奥の部屋は、主の僕の秘めやか
な喜びの部屋です。贖罪所は、幕の内側で神との交流の場所です。

◎このように神は私達が献身するまで示さない啓示もあるのです。
ダビデは暴風雨も吹雪も、砕け散る波にも圧倒されないような大樹
となりました。それは神の時に生きたからです。

「神との事などかまちゃいられない」と先を急ぐ人がいます。しかし
私達は神の時を悟るものでありたいのです。ダビデはソロモンに
「この父の神を認め、全き心と喜びの魂をもってその神に仕えよ」
(歴上28:9)と語ったのでした。

神の特別啓示である主イエスを見る、天来の光、喜びを見ることは、
まことにオメデタイことです。感謝!   

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