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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.999

2017/01/25

賢者の道〜Vol.999「山上の垂訓、八福の教え」2017-1-25

◎誰でも幸せに暮らしたいと願っているのではないだろうか?
そこで、イエスは八つの幸福への指針を弟子達に教えた。

1 貧乏
イエスは人間らしい幸せを求めても良いと考えた。8つの段階を一つ
一つ登り、快楽を求めるのですが、ギリシャの哲学者エピキュロスス
快楽主義を徹底させたものである。

彼は人間には時には、苦しみも快楽なのだと言っているが、イエスも
また同じ考え方に立っている。イエスは、この快楽主義を徹底せよ
と告げている。

そこで、イエスは説教の初めにまず大切な幸福の問題を取り出した。
それが、マタイ福音書5章3節の「心の貧しい人々は、幸いである、
天国は、その人達のものである」という一句である。

ルカ福音書6章20節では「貧しい人々は、幸せである」と書いてある。
つまるところ貧乏人は幸せだという。所有権を基礎に求める幸福が
幸せであるはずがない、とイエスは考えたのである。

ではなぜ貧乏人が幸せであり得るのか?それは、打ち出の小づちを
持っていることである。つまり、創造者、生産者となる作る喜びを
持つことである。

貧乏であっても、クリエイトする喜びがあると不幸ではない。工夫
して、クリエイトする、これはイエスが新しい時代の要求として
思想として展開した事柄である。よって工夫して、物事を創る喜び
を教えるのが教育の原点であると言える。

2.悲しみ
そこでイエスは次に「悲しむ人々は、幸いである。その人達は慰め
られる」と言う。悲しいことがなぜ幸せなのか?それは、悲しみが
あるのは、更に快楽を得る資格があるのである。

悲しくなって泣くというのは、目の充血を防ぐ役割もあるが、心理
学的にも意義がある、気が晴れ晴れとするのである。そればかりか
まさに自分自らが同情する表情芸術である。つまり悲しみは、喜び
の第一歩なのである。

3.柔和
ところが第一関門を通過しても、更に押しのけて来る人がいるでは
ないか、そこで世の中は面白くないと思う人がいる。そこで、イエス
は、「柔和な人は、幸いである。その人達は地を受け継ぐ」と言う。

地を受け継ぐ者、土地を豊かにする人は、人をかみ殺す力あるもの
ではなく、むしろ柔和なものなのであり、その内部にある柔らかい
力なのである。

・老子は「柔よく剛を制す」と言っている。イエスは、実際に地上を
征服するのは、真に柔和なものであると言う。

・柳生但馬守という剣術家と沢庵和尚
和尚は「あなたは人を殺せても魂を殺せない。真の征服とは魂によら
なければならない。『仁』という徳によって魂を殺すのでなければ
駄目だ」と言った。

・トルストイ、「無抵抗主義が、実際、世の中を征服する」。

・ローマの皇帝が武力で治めたローマ帝国は392年までしか持ち応え
なかった。けれど、愛と同情と柔和を持って出て行ったイエスは
ローマ帝国をひっくり返して征服してしまった。生存競争の悲しみは
柔和によって取り除かれる。

4.義を求める
イエスは「義に飢え渇く人々は幸いである、その人達は満たされる」
と言う。「求めよ、さらば与えられん」とあるように義を求める者は
幸いを得る。

5.憐れみ
「憐れみ深い人達は、幸いである。その人達は憐みを受ける」と
イエスは言う。家庭の不和のほとんどは、自分の経験から判断し、
相手の立場を考えないことから来る誤解である。相手を尊敬して、
礼儀正しく対処するなら波乱は起こらない。

6.心の清き者
イエスは「心の清き人々は幸いである。その人達は神を見る」と
言っている。神を信じ切ることがなければ、神を見ることはできな
い。徹底しなければ信仰生活は持てない。貧しい者は幸せなのだ、
とイエスが言うのだから貧乏を楽しむ。

これが神を信じることなのである。現実を受け止めて、それら一つ
一つに優先順位をつけて解決していく。できそうな所から処理をして
いくと不思議に全てが上手くいく。

神が逃れのない道を与えるはずがないと信じているなら、狂いなく
物事は解決する。

心の清い人と言うのは、先入観を持って対象物を見たり思い込んだ
りせず、澄んだ目で見る人だが、そのような人は神を見方にする事
ができるのである。

7.神の子となる者が平和を実現する
けれどもそれだけでは、自由自在に幸福をもたらすわけではない。
やはり神の子とならねばならない。いつでも幸せになることのできる
能力を手にする事である。

それは「神の子」となる以外にない。イエスは「平和を実現する人々
は、幸いである、その人達は神の子と呼ばれる」と言う。神の子と
なるのは、平和、平安でなければならない。

8.迫害・悪口
真に神の子となると自覚すると、自由自在に融通できることを知る
ので、たとえ迫害を受けようと、身に覚えのない悪口を浴びせられ
ようと、それら家から来る苦しみや悲しみは、それ自身意味のない
ものとなって新しい世界に入ることができる。

「喜びなさい。大いに喜びなさい。天には、大きな報いがある」と
言う。イエスは幸福は天において報酬として来ると言っている。

この世では苦しみや悲しみがあっても、神の国を見る者には、それ
がかえって幸せと感じることがある。愛する恋人のため、弱者の友
のために一身を捨てて尽くす時、その精神は幸福を感じることがある。

苦痛が即快楽の境地となるよう徹底できるのである。それは人生の
破船にあった者への修繕、回復への手助けであるので充足感を感じる
からである。それは、快楽主義の徹底ではないだろうか。

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