その他ニュース

賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

全て表示する >

賢者の道 Vol.997

2017/01/18

 賢者の道〜Vol.997「主と共に歩む生活とは」2017-1-18

◎神様は、御自身を喜ばすことのできる、最善を尽くして生きぬく
聖徒たちを捜しておられます。

同時に、神様に最も喜ばれる最善の生活をなし得るように練成する
民を育成する忠実な賢い器を、捜し求めておられます。聖書の御言葉
を神様が下さった目的は、聖徒たちを神に仕える人に造られるように
整え、義に導く訓練するためです。

霊的武装をし、悪の勢力に立ち向かうためには、聖書の真意を教え導く
聖徒たちが必要なのです。そしてなによりも、みことばに従い神様の
御支配に入るには、自我(魂)が完全に砕かれ、そこに主が王として
支配し、聖霊に満たされてこそ神のみことばに従うことができるのです。

主と共に歩み、主の喜ばれる最善の生活を目標としましょう。それには
主よ、私を砕いて、みことばに従うことができますように、と祈り続け
たいと思います。これは実践的原理であります。

◎「主と共に歩む生活」とは、聖三位一体の神と共に喜怒哀楽を分ち
合い、主がくださる生命と恵みと祝福を享受しつつ、主に喜んでいた
だける最善の生活です。

聖書に現れる人間は、基本的に霊、魂、体の3つの構成要素から成り
立っています(テサ5:23)。従って、主と共に歩む生活は、霊の救い、
魂の救い、体の救いが経験させられるのです。

悪霊に憑かれた生活から解放され新しく霊的に生まれ変わるのです。
新生です。

魂の救いは、イエス様を救い主として迎えた人は自我、知能、感情、
意思、思考、精神、理性すべてが主の導きとみこころとみことばに
絶対従順の生活へと移されます。聖化です。

体の救いは、体・血・骨などが病んだり、弱ったり、欠けたりしない
栄えある姿への変化に入ることで、栄化ともいいます。栄化の先取り
を受けたいものです。

これにはイエス様を救い主として受け入れれば罪が赦され、新しく生
まれ変わり、聖化された人格と品行をもってこの地でも御国の味わいを
暮せし、神様に喜んで頂ける「主と共に歩む生活」を実践できるのです。

◎ここで神様に喜ばれる人生を生きた代表的な人物は、旧約時代の聖徒
エノクです。

彼は終末時代の歩みを示した人です。創世記5章21〜22節で、彼は65年
生きメトシェラをもうけた後、神と共に歩んだのです。従って65歳以
前の生活は神様と歩む生活はしておらず、ただ形式的な宗教生活と
自我中心の生活のみに生きていたのです。

6日間は思い道りに適当に生き、聖日には教会に行き礼拝を捧げて帰る、
自我中心の生涯だったことを物語っています。

しかし、「メトシェラが生まれてから300年間神と共に歩んだ」のです。
長男の誕生以来、エノクは敬虔な信仰生活を始めます。彼は普段の家庭
生活や職場生活でも主と共に歩み出したのです。

これは彼の自我が砕かれた聖化の生活です。「メトシェラ」とは、
「彼が死ぬとき・・・流し出す」を意味し、彼が死ぬ日に神様が
全世界を洪水によって審かれることを予告しました。

メトシェラが187歳になった時、レメクをもうけ、レメクが182歳の時、
ノアをもうけたのです。この時、メトシェラは369歳になっていました。
そしてノアが600歳(創7:6)になった時、大洪水が起ったのです。」
この時、メトシェラは969歳になっていましたが、亡くなったのでした
(創5・27)。

預言者エノク(ユダ1:14.15)はメトシェラが亡くなる日こそが、
神様の洪水審判の日になるという啓示を受け、その日から毎日、
「今日が最後の日になる」という仮定的前提と個人的な終末信仰の
前に自分を奮い立たせ、家庭生活、信仰生活、職場生活等のすべてを
神様の審判と死を覚悟した、敬虔な神様に喜ばれる生活を神様と共に
始めたのでした。

◎そしてエノクは隠遁や禁欲生活をしたのではなく、普通の生活をし
「以前と変らず」次男のほかに娘を与えられ365歳の生涯を終えました。

しかも「神が取られたのでいなくなった」のです。ヘブライ書11:5では
「エノクは死を経験しないように、天に移されました。・・・移される
前に、神に喜ばれていた事が証明されていたからです。

信仰がなければ、神に喜ばれることができません」とあります。
エノクは、神に喜ばれる者であったのです。「自分の体を神に喜ばれる
聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなす
べき礼拝です」(ローマ12:1)

「明日地球の終わりが来たとしても、私は今日の一本のリンゴの木を
飢えよう」と言った哲学者スピノザの言葉を想起します。
終末が近づけば近づくほど誠実に各人の本分に着実であるべきなの
です。

-----------------------------------------------------
協  力:おとずれ社 
まぐまぐ(マガジンID:99821) http://www.mag2.com/
melma!(マガジンID:151618) http://www.melma.com/
-----------------------------------------------------


規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2002-11-10  
最終発行日:  
発行周期:週1〜2回発行  
Score!: 100 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。