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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.996

2017/01/14

賢者の道〜Vol.996「キリスト教の奉仕精神-2」2017-1-14

【キリスト教の奉仕精神-2の続き】

2.愛の実践化
イエス様は愛を教えられました。愛には救貧、防貧、福利の三つの
ものがみな入っています。愛を基礎にした実践の信仰を学なばなけ
ればならないのです。

信仰には三つの要素があります。現在に対しては全ての出来事は、
神の啓示として信じる信仰。未来に対しては、宇宙には目的があり、
全ての出来事は神の必然によって産みだされたものと信じる信仰。
過去に対しては、人間の歴史を通して、人間の失敗・過ちに対して
神の修繕・修復の原理が働いていると信じる信仰です。

神の啓示、神の必然、神の回復の三通りの要素を信じる信仰です。
この愛を通して神は愛であると言えるのです。

そして、イエス様はこれを実行せよと、告げられました。マタイ福音
書10章42節はそれを端的に告げています。「私の弟子だと言う理由で
この小さなもの一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ず
その報いを受ける」と。これが宗教の定義です。

もちろん、そうしてあげたい人ばかりではありません。また、断り
たい理由もありますが「イエスの弟子であるという理由」によって
しなさいと命じています。

イエスは全ての財産を貧しき人に施してついて来なさいと言われま
した。これは、欲望に対する制御でもあります。讃美歌を持てば、
本棚が欲しくなり、自分の部屋が、家が、庭が欲しくなる。欲望は
際限もなく拡大します。最後には悪魔と同調することになる。

しかし、金持ちは持てるものを全て施せと言われたイエス様は、自ら
乏しき者に施されたとは、聖書のどこにも書いていません。だが、
それは何も不思議ではありません。イエス様は右の手でなしたことを
左の手に知らせない実行者だったからです。

さらにイエス様は奉仕を嫌がらずにやると言うことです。学者も
祭司も負傷した人をほったらかして、過ぎ去ったのですが、サマ
リヤ人だけは、進んで負傷者をいたわり世話をしました。

この「善きサマリヤ人」はイエスその人を表しています。イエス様は
町で一番嫌われている徴税人や売春婦のような人達とも食事をされま
した。また、イエス様はどんな人に対しても訪問されました。

はじめて英語の辞書を編纂されたサムエル・ジョンソンは、路上生活
者が来ると一人一人にお辞儀をされました。彼の弟子が不思議に思って
尋ねると「自分自身について考えると、あの人達のように一軒一軒回って
歩くような忍耐はないから、彼に対しても尊敬の念を抱かざるを得ない」
と言ったそうです。

イエス様の思いやりは「人にせられんと思うことは、人にもその如く
せよ」(マタイ7:12、ルカ6:31)という聖書の箇所で分かります。
夜明け前、漁から帰って来た弟子たちを炭火をおこして待っていた
のもイエス様でした。人から頼まれない先に手を打っていく。

健康でないとできないし、一人ではなかなかできないことも多いの
ですが、二人三人が支え合って行くと可能となります。これを社会
全体に広げていくと良いと思います。

3.イエス様の奉仕の順序と範囲
イエス様は個々の人に接して病気を治し、世話をされました。それと
同時に4千人、5千人に対して社会奉仕を見過ごしにはなさらなかった。
しかし、無限に奉仕ができないことを知っていましたから、できない
ことは「否」「できません」とはっきりと言われました。

異邦の女に助けを求められた時、「できません、私はユダヤ人だけに
しか奉仕はしないのです」と言われています。「否」をはっきり言わ
ないと正しい奉仕はできません。それで伝道範囲も明確にされたのです。

「イスラエルの失われた羊に行きなさい」(マタイ福音書10:6)と
限定されました。私達は日本を救うためには、まず小さいことから
しなければなりません。

ある大会社の元社長夫人は、賢い人で、彼女は家の押し入れが片付く
まで社会に出ないと言っていましたが、娘さんたちがお嫁に行って
からは、大いに婦人運動に力を注いだのでした。

かくしてイエス様の生活が生きた隣保館(セツルメント)であったと
言えます。そこに住む人々の精神次第でうまくいくのです。下座奉仕
をしながら伝道・奉仕をしたのが聖フランシスでした。

彼は、隣保館を持たなかったのですが、聖ベネディクトは、隣保館を
持っていました。どこでも行く所で光り輝かなければなりません。
イエス様の人格は、社会奉仕をしなければ分からないと思います。

◎イエス様は、常識のある人だったので十字架にかけられる前、女の
持ってきた200デナリの香油を「私の葬式のためなのだから」と言わ
れて喜んで受けられました。葬式の花輪まで突き返すようなことは、
なさいませんでした。

常識を持ち、家庭においても優しい言葉を使って、奉仕の誠意を
もっていただきたいとお願いします。

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