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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.994

2017/01/07

賢者の道〜Vol.994「新年号-2」2017-1-7
【新年号-1の続き】

◎アブラハムは、独り子イサクを老齢になってから与えられました。
それは、彼にとって奇跡の子でした。しかし、神は彼にその独り子を
祭壇の上で焼き尽くしなさいと命じたのです。なぜでしょうか!

それは、肉の子を手放し、復活の霊の子を持つように命じたから
です。

私達は神から与えられたものを返すように命じられることがあります。
献げ物はその実際です。最上のものをささげることは、決して容易
ではありません。しかし、これを通過しなければ真の信仰を持つこと
はできません。

愛する者を手放すことは、アブラハムにとって冒険でした。しかし、
彼は神の約束を信じたのです。「あなたの子孫は天の星のようになる
」との約束を信じ、たとえ愛する我が子をささげても、神は必ず約束
を守って下さると信じたのです。

アブラハムは肉のイサクをささげたとしても、霊のイサクを決して
失うことがないことを確信したのです。復活の中で必ず神様は、
イサクを戻して下さると信じたのです。

私達が神から与えられた全ての賜物や成功や財産などを一端、神様に
お返しする時があります。それを実行したとしても、神様は復活の中
でそれ以上のものを戻して下さいます。

この信仰がなければ、ささげられるものではありません。そうでな
ければ一粒の麦のままです。しかし、神様にささげ返すなら、復活の
中で戻され大いなる祝福と増殖となるのです。

アブラハムが神の命令に従順であったのは、復活の神を信じたから
です。(ヘブル11:19)。そして、イサクを通して大いなる国民を
創るとの神様の約束を信じたからです(創世記17:19)。

彼は、「死者に命を与え、存在しないものを呼び出して存在させる神」
を信じたのです(ロマ4:17)。神様は死者に命を与え、無から有を
呼び出すお方です。この神様を信じ、神様からの啓示に従って歩む
とき、私達は神の備えを知るのです。

神のビジョンは、誇大妄想的なものではなく、神が確実に信仰を持って
従い、歩む者に啓示してくださる備えです。神が既にご用意しておいで
下さった事柄を知ることです。それが、神のビジョンです。

アブラハムはイサクをモリヤ山に連れて行き、そこで縛り、焼き尽くす
献げ物として祭壇に薪の上に横たえました。そして、それに火をつけ
焼き尽くそうとしました。それでも、アブラハムは、それでおしまいと
は、考えませんでした。「モリヤ」とは、ヘブル語で「神のビジョン」
を意味します。

万事休す。このアブラハムの決断と信仰は、狭い門からの通過でした。
しかし、神の愛を信じたとき、彼には、神のビジョンが見えてきたの
です。「焼き尽くすささげ物の小羊は、神が備えて下さる」との
ビジョンを持ったのです(創世記22:8)。

そこで「大丈夫だ!何も心配することはない、恐れることはない。
主が共にいてくれる」と単純に確信したとき、アブラハムは平穏な
心地になったことでしょう。

せっかく与えられた独り子をモリヤの地で焼き尽くす供え物として
捧げよとの要請を受けるとき、神への信頼なくしてこの要請を受け
入れることは、できるものではありません。

従って神はそう言われるのはおかしいと否定しないことが大切です。
矛盾することがあっても、非合理なことがあっても、その通りに受け
取ることが大切なのです。

人の心の中で一番大切であると考えているものを手離す訓練を持つ
ように神は訓練しますが、それを通過したとき、私達は、大いなる
祝福を受けるのです。

アブラハムが今まさに愛する我が子を横たえ、刃物を取り上げ、手を
伸ばして屠(ほふ)ろうとするやいなや、彼は神のビジョンを確信
するのです。

それは「あなたの手でその子を殺してはならない。彼に何もしては
してはならない」、アブラハムはその子をしなせましたが、主の御
使いが死者の中から復活させたのを見たのです。

彼は目を見上げてみるとそこには角を藪(やぶ)にかけている一頭
の雄羊がいました。そこで彼はそれを取り、自分の子の代わりに
ささげたのでした。

殺されたのは、雄羊でした。十字架上で殺されたのは神の御子で
しょうか?それとも神の小羊でしょうか?

殺されたのは神の小羊でした。神の御子キリストは、十字架上で
殺された時、神の小羊によって置き換えられました(ヨハネ1:29)。
神の御子ではなく、神の小羊が十字架につけられました。十字架上
で御子が雄羊に置き換えられました。

積極的で、神聖な意味で、神の御子は決して十字架につけられたの
ではありません。神の小羊がつけられたのです。誰も神の御子を
十字架につけることは、できませんでした。

アブラハムは、「焼き尽くすささげ物の小羊は神が備えて下さる」
とのビジョンを持ったことによって平安を得ました。主なる神が
命じるささげ物をささげ尽くすとき、私達は死と復活を通過し、
昇天をも経験し、天の御座からやって来る神のビジョンで満たさ
れるのです。

神が備える「小羊」がどのようなものかを啓示して下さるのです。
天然の祝福(学位、昇進、妻や夫、家、子等)は、泥の祝福です。
私達は、黄金の祝福を手にしようではありませんか!

皆様にとって良い一年でありますように、神様の祝福をお祈りします。

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