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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.412

2010/11/06


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  <賢者の道〜Vol.412 - Come to Jesus - 2010-11-6>
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■【今週のテーマ】「御座の栄誉は十字架の杯の中に」
■【聖書】 マタイ福音書20章 20節〜28節


ペトロは主イエスに従い、多くの奉仕をしてきたので、何かいただける
のかと主に問うと(マタイ19:27)。


主は「あなたは 栄光の座に座り、永遠の命を受け継ぐ」(19:28〜29)
と答えられました。


しかし主はさらに「先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者
が先になる」と語りました。


こう言ったのは、彼が払った代価(主への服従や奉仕など)には何の
意味もない、彼が褒賞を受けるのは商売の取引ではないことを知らす
ためです。


ペトロの奉仕はちりあくた(塵芥)に過ぎず(フィリピ3:8)、
キリスト以外はちりあくたで、それで天の御座を買い取る事は
できないからです。


そこで「ぶどう園の労働者」の譬を語りました。主が言おうとした
ことは何でしょうか。


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1.天の国の褒賞 
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天の国の原理は、ぶどう園で働く労働者と彼らに賃金を支払う主人の
関係を通して知る事ができます。朝早く雇われた人も、昼時雇われた
人も、午後に雇われた人の労働時間はまちまちでした。


しかし賃金は最後に来た者から順次支払い、しかも最初に来た者も
最後に来た者も同額の報酬でした。この不公平に対して最初に雇わ
れた人の不満が爆発します。


すると主人は「友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたは
わたしと一デナリの約束をしたではないか。自分の分を受け取って
帰りなさい」(20:13)と言い、


「自分のものを自分のしたいようにしては、いけないのか。それとも
わたしの気前のよさをねたむのか」(15節)と毅然として突っぱね
ます。


これは主に従う者への励ましです。主が私達の願いを聞いてくださる
なら必ず祈りはかなえられるからです。ですから私たちは主に愛され
る者でなければならないのです。


「神は、高慢な者を敵とし、謙遜な者に恵みをお与えになるからです」
(1ペトロ5:5)。


ここでペトロは謙遜を身に付けることの大事さを学びました。
正常な霊をもってあらゆる試練に打ち勝つ者は天の国の褒賞を
享受するのです。


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2.主にゆだねよ 
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天の国の褒賞を受けるには、十字架と復活を経験する必要があります。


そこで20:17でイエスはエルサレムへ行く途中、十二弟子たちを呼び
寄せ、来るべき十字架(逮捕、死刑宣告、異邦人の手に渡され、屈辱、
鞭打ち、刑死)と復活について語りました。


弟子たちの反応では、主と共に自分たちも死と復活を経験します、
というようなものはまったくありませんでした。


むしろゼベダイの息子たちの母(イエスの叔母)が来て、ひれ伏し、
何事かをお願いしました。マルコ福音書では母ではなく直接息子で
あるヤコブとヨハネが嘆願しています。


彼らは主の従兄弟でしたが、天の御座の右と左に座れるように求め
たのでした。彼らは十字架と復活を聞いていたのですが、彼らの思い
は、御座への願望にありました。


そこで主は「あなたがたは、自分が何を願っているのか、分かって
いない。この私が飲もうとしている杯を飲むことができるか」(22節)
と言います。


神が与えるいかなる試練にも服従して受け入れる、苦難の杯を飲む
覚悟がなければ御座に着く事はできないのだよ、と諭したのです。


そして「わたしの右と左にだれが座るかは、わたしの決めること
ではない。それは父によって定められた人々に許されるのだ」(23節)
と言われました。


主は何も主張せず、父に場所をゆだねられました。主は父を差し
おいて何事も主張されませんでした。


私たちは主イエス様にすべてをゆだねることを学ぶ必要があります。
私たちは、教会はもとより会社でもいかなる団体でも地位に関して
何も言う立場ではない事を知るべきです。


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3.肉的競い合い 
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24節でほかの10の弟子がこの2人の野心を知って、立腹、憤慨しました。
彼らもまた野心に満ちていたからです。このような肉的競い合いは今日
どこでも見られます。


▼結論▼ 


29節〜34節で「2人の盲人をいやす」話が出ています。ヤコブとヨハネ
の母の記録に続いているのは、彼らが盲目であった事を示しています。


彼らは主に従い、道を歩んでいると思っていたのですが、実は道端に
いたのです。


野心のある者の濁った目はいやされなければならないのです。


十字架の前に差し出された苦難の杯の中にこそ御座の栄誉が隠されて
いるのです。そこには復活の希望があります。


否定的な考えを捨て、肯定的に困難を受け止めていきましょう。


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  発行者:ジェームス親泊
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