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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.407

2010/10/02

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  <賢者の道〜Vol.407 - Come to Jesus - 2010-10-2>
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■【今週のテーマ】「天の縛りと地の縛り」
■【聖書】 マタイ福音書18章 15節〜20節

      
マタイ18章では神の民がどのように生活行動をすべきかを取り
扱っています。そこでは、へりくだり、人を怒らせる兄弟の取り扱い、
赦しについて述べられていますが、ここでは前者二つのことを学び
ましょう。


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1.謙遜する生活(1節〜9節) 
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神の国の生活では、謙りが要求されます。

この点を主イエスは「心を入れ替えて子供のようにならなければ、
決して天の国に入ることはできない」(18:3節)と言いました。

これは海のようになることでもあります。海は川よりも低く、
川の流れを受け止めます。海のように低くなければすべての
ものを受け止めることはできません。


高ぶっているならば、人によって怒るか、人を怒らせるかします。
幼子は怒っても、すぐに忘れてしまいます。


しかし大人が怒ると根にもち人に怒りを引き起こします。これは
高慢から来るものです。 


人を怒らせたり、つまづかせたりする人は、
「大きな石臼を首に懸けられて、深い海に沈められる方がましである。
・・・つまづきをもたらす者は不幸である」(6〜7節)

もし手、足、目がつまづかせるなら、これらの原因を真剣に対処しな
ければならないのです。


そうでないと神の民として暮らす事はできないからです。謙ること、
海のようになることが求められています。


もし人に怒りをぶつけたり、人を怒らせるのを避けたいなら、謙遜
する生活をしてすべてのつまづきと怒りの原因を捨てさることだと、
主イエスは教えています。


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2.人を怒らせる信仰の友に対処する生活(15節〜18節)
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罪を犯す者は、反逆的になり、人を怒らせます。
信仰の友が罪を犯したなら、一人で行って、愛を持ってその誤りを
指摘してあげなさい、と主イエスは教えます。


そして相手が罪を認めたなら、その友達を取り戻した事になりますが、
耳を貸さないなら1人か2人の証人を立てて、もう1度相手のところに
行き、あきらめずに説得するのです。


おそらく反逆的となり怒り出しますから、証人を立てて、相手の
言い分、あなたの言い分をすべて証明してもらう必要があります。


それでも聞き入れないなら、その問題を教会に持ち出しなさい、
と言います。教会に対処してもらいなさい、というのです。


相手が、それでも受け入れないならば、異邦人、徴税人と同じよう
に扱いなさい、と言います。


つまり、教会はその人と交わりを持つべきではないというのです。


その人を異邦人や徴税人と考えるというのは、その人を追放したり
除名したりすることを意味するものではありません。教会の交わり
から断ち切ることを意味します。


1コリント5章に、教会はみだらな行いをする者、人の物を奪う者、
偶像を礼拝する者、人を悪く言う者、酒におぽれる者、とつきあうな、
一緒に食事もするな、除き去りなさい、追放しなさいと命じています
(5:11節)。


しかし、証人を立てて譴責したり、教会の名によって勧告しても
聞き入れない信仰の友は、必ずしも除名、追放を要しないかもし
れません。


この場合の状況は、不愉快ではあっても、それはみだらな行為をしたり、
偶像礼拝、人のものを持ち去る習癖、礼拝を酒でよって撹乱したり、
怒鳴り散らしたりして醜態を露呈することとは同じ次元では語れ
ないからです。


相手と教会が交わりをしないのは、その人を励まして悔い改め、
教会との交わりを回復させるためです。


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3.縛り、解く教会の権威(18:18節〜20節)
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主イエスは、
「あなたがたが地上で縛ったり、説いたりすること、つまり、禁じ
たり、赦したりすることは、天でも同じようにされるのです」
と言います。


このように反抗的な信仰の友が教会に従わないならば、天の権威を
行使して縛らなければならないのです。しかし、悔い改めるなら、
教会は赦し、教会の交わりを回復しなければなりません。


ですから、その人のために調和一致する祈りによって対処するよう
遂行しなければなりません。


19節では、教会に反抗する信仰の友を取り扱う祈りを、主の臨在の
中でするならその祈りは適えられ、その罪を犯した者は回復される
と見ています。


20節の「2人または3人がわたしの名によって集まるところには、
わたしもその中にいるのである」というみことばにより、主の
臨在がある2、3人の集会が教会(エクレシア)であると多くの
クリスチャンは考えていますが、この部分を注意深く読むならば、
これは教会ではあリません。

なぜならこの「2人または3人」は、16節の「2人または3人」で
主の名によって集まりますが、教会ではありません。


なぜなら、もし何か問題があるなら、彼らはそれを教会に告げる
必要があるからです(17節)。もし2人、3人が教会であるなら、
問題を教会に持ち出す必要がないからです。


彼らは、教会の一部にすぎません。



▽結論▽ 

教会の権威は主の臨在によります。

それは宇宙的教会(16:18節)、傷もしみもない教会、真のキリスト
のからだの各個教会(17節)での顕れです。


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