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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.399

2010/08/07


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  <賢者の道〜Vol.399 - Come to Jesus - 2010-8-7>
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■【今週のテーマ】「嵐の中を行く」 
■【聖書】 マタイ14章22〜36節

人々から拒絶されたイエス・キリストに従って行くことは、常に困難が
つきまといます。


よい事など何もありません。あらゆることが問題だらけであるかのよう
です。日ごとの糧にも困窮します。絶えず逆風に悩まされます。


このように、真に栄光への道には、困難と問題がついてまわるのです。


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1.逆風も波も益である 
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「それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に
行かせ、その間に群衆を解散させた」(22節)。イエスは弟子たちと
突然離れ、去らせました。


それは独り山に登って祈るためでした。


イエスが去る前に弟子たちは主の豊かな供給の享受にあずかりま
した。必要なものの欠乏はとても素晴らしい経験となったのです。


おそらく弟子たちの話題は5つのパンと2匹の小魚で何事かが起こったか
であったでしょう。


そのときイエスは突然、群衆を解散させ、舟に乗って対岸に行くように
命じたのです。しかも「あなたたちだけで行きなさい。自分は山に登って
祈っている」というのです。これは教会の描写です。


主は山の上に、天に行かれ、ご自身の教会に、波の上を前進することを
命じられました。そこではしばしば逆風と嵐があるのです。
 

24節は言います。「ところが、舟は既に陸から何スタディオンか離れ
ており、逆風のため悩まされていた」。


イエスは舟が波に悩まされることに気づいておりながら、強いて弟子
たちを舟に乗りこませたのでした。にもかかわらず主は彼らと一緒に
行かれませんでした。


この間イエスは山の上、すなわち天におられ(ロマ8:34)、教会は
波の上にあります。日ごと私たちは逆風に直面しています。


私たちの教会も創設以来、逆風は吹き続けてきました。平穏な日は
1日もありませんでした。教会という舟は絶えず悩まされてきました。
しかしながらこれが私たちの運命です。


主が天にて私たちのために祈っておられるという事実は、慰めであり
励ましの根拠です。ですから、どんなに逆風が厳しくても気にしません。


嵐は反対者の管理の手にあるのでなく、主の足の下にあるからです。
  

逆風を恐れてはなりません。悩まされる必要はありません。何が
起こっても恐れることはないのです。


毎晩、熟睡し、思い煩いから解放されて昼寝するくらいの心持で
いいのです。深く考えすぎないことです。


私たちは多くのことを行うことがあっても、良い安息を持つことが
義務なのです。運命は主の御手の中にありますから、何も恐れる必要
もありません。


逆風も反対に主の足の下にあります。主は高い山にいて逆風がどんな
に強いかご存知です。


主は風に向かって、「おまえは私の教会に向かって何をしようという
のか。何もできやしない。私は天にいるが舟の中にいる者たちといつも
一緒だ」と言っているようです。風と波は共に働いて私たちの益となる
のです。


これを信じますか。


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2.波の上を歩く主イエス 
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25節はこうあります。「夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて
弟子たちのところに行かれた」。これは主イエスが宇宙の創造者、
支配者であることを証明します。


神は「海の高波も踏み砕かれる」(ヨブ9:8)とありますから、
主イエスが三位一体の神であることを証明します。


弟子たちは幽霊だと思って恐怖のあまり叫び声を上げました。
「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」(27節)このように
主は臨在することによって弟子たちを励まされました。


するとペトロは「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上
を歩いてそちらに行かせてください」(28節)と言うので主は
「来なさい」と言われました。


ペトロは舟を出て波の上を歩き出したのです。信仰によって波の上を
歩き出したのです。


信仰は、私たちは弱く力がなくても、主の言葉の上で行動すること
です。主がペトロに「来なさい」といわれた時、その言葉を取り、
その上で行動し、波の上を歩きました。


しかし彼は強風を見た時、おびえ、信仰は消え失せました。彼は環境
を見るのでなく、主の言葉の中に信仰によって歩むべきでした
(2コリ5:7)。 


彼の心が信仰に立つのでなく、環境に立った時、沈みだしました。
私たちは主の教会にいます。従って、どのような嵐に遭遇しても、
悩まされてはならないのです。


たとえ主を見なくても、主はとりなしておられます。舟に向かって
おられます。内側に平安を持つだけでなく、波の上を歩けとの言葉を
受けるかもしれません。


その時、歩くのです。


教会にはトマスのように用心深い人もいます。舟の中から出ない人です。
安全ですが主の臨在が失せる時もあります。ペトロは性急で多くの問題
を引き起こしました。


しかし真っ先に主の臨在のなかに戻っていったのです。32節は言います。
「そして、二人が舟に乗り込むと、風は静まった」。


★結論 

私たちもまた主を舟に迎える時、風はやみます。
私たちも嵐に遭いますが、必ず嵐はやみます。


弟子たちは「本当にあなたは神の子です」と言ってイエスを拝みま
した(33節)。主が神であると認識したのです。教会の民が、造り
変えられた人性を生かし出すなら、主イエスが為したように、
周囲の人の中にいやしの力となって流れ込み、いやすでしょう。



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