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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.394

2010/07/03


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  <賢者の道〜Vol.394 - Come to Jesus - 2010-7-3>
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■【今週のテーマ】「悪霊の縛りと追放」
■【聖書】 マタイ 12:22〜32


★神の救いの目的は、神の民を神の住まいとすることです。罪を贖う
ために神は御子イエスの十字架の血潮によって私たちを救い、
悪霊の支配から神の支配に置き換え、造り変えられなければな
りません。


天の王国が確立されるためには、霊的な戦い、戦闘が必要であること
を見なければなりません。


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1.頭首権の確立 
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これは主イエスの神としての主権性のことです。ここには2つの
例話が挙げられ告げられています。


第1は、安息日を破ったことの例話です。イエスと弟子たちは麦畑
を通られた時、弟子たちが空腹になったので麦の穂を摘んで食べた
事件です。


これは一見して安息日違反です。「そのころ」で12章は始まります。
それは、イエスが律法や宗教的規定を守る努力から安息を得るよう
にと招きだした頃でした。その具体的事件が発生したわけです。


率先してイエスはこの安息日規定を破ったからです。


ファリサイ派の人々はこれを見て批判しました。安息日が定められた
のは、神の創造の完成を記念し(創2:2)、神との契約のしるしを
守り(エゼ20:12)、神の贖いを記念するためでした(申5:15)。


ユダヤ人たちはこれを守ることを重視し、人の飢えを顧みずいました。


空腹であっては安息がありません。安息は満足を含んでいるからです。
満足があるところに安息もあるからです。


第2は、安息日に会堂で片手のなえた人をいやしたことでした。
このときも安息日に病気を治すのは律法違反ではないか、という
問いが起こりました。


手はあっても力がない人ですが、霊的に死んでいる人も同じです。
これらの人を治すのが良いか悪いかには答えられず、反対に主は
質問をされました。


人は財産を尊び、落ちぶれた人を軽んじます。そこで安息日に、
1匹の羊(財産)が穴に落ちた場合、助け出さないのですか、
と切り返したのです。


この世の中には穴が各地にあり、羊が落ち込む、そればかりか
人だってその穴に落ちる、羊(財産)を引き上げるなら、まして
人を引き上げることは良いことではないのか。


それは許されているのではないのか、と言い返し、手を伸ばしなさい
といやしました。


ここで第1の例話では、主は頭としてのご自身を顧みられ、頭首権を
神の主権を顧みられ、第2の例話で、ご自身の体の中の弱っている
肢体(片手、群れの中の1匹の羊)を顧みられたのです。


これは、私たちが、キリストとその教会だけを顧みることを訴えた
のです。


どんな教理も、どんな種類の規定も問題でなく、神の頭首権のみ
考慮すべきだということです。イエスは安息日の主であったのです。
 

ファリサイ人たちはイエスを暗殺しようと考えました。かくして
主の働きを妨害したユダヤ人(傷ついた葦)とも主は「争わず、叫ばず」
(19節)身を隠さなければなりませんでした。


くすぶっているクリスチャン(くすぶる灯心)もおり、主を助ける
どころか、捨て去ったのです。傷口に塩を塗るような人のことです。
なのに主は彼らに対して憐れみ深くあり、再び光を放つことを願って
います。


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2.悪霊からの解放  
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22節以下では、悪霊の働きで視力を失った人、口の利けなくなった
人がイエスのところにつれて来られ、いやされました。


これに対してファリサイ派の人たちはイエスを冒とくし、悪霊の頭
ベルゼブルというサタンによって悪霊を追放しているのだと言った
のです。


反論して主はサタンがサタンを追い出したら王国は成り立たなくなる、
どうしてそんなことができましょうか、と言っておられるようでした。
彼らこそサタンによって悪霊を追い出そうとしていたのです。
 

イエスは神の霊によって悪霊を追放したのです。その方法は、29節
で示されていますが家に押し入って家財道具を奪うにしてもまず
強い人を縛ってからなすように、サタンとの戦いにおいて、まず
サタンを縛り、次にサタンの持ち物を獲得する以外にないという
のです。


霊的戦いの方法です。強い人を縛り上げる方法は祈りと断食(霊想)
だと言うのです(17:21)。


神の主権のあるところに悪霊は力を持ちません。聖霊が天の国の力
だからです。主イエスの御名の力によって祈る以外にありません。


主の十字架を根拠として縛り上げるのです。そうすればサタンに
支配されている人々を奪い返す事ができる、これが啓示です。


★結論 


主イエスは「人が犯す罪や冒とくは、どんなものでも赦されるが、
霊に対する冒とくは赦されない。・・・聖霊に言い逆らう者は、
この世でも後の世でも赦されることがない」(31、32節)と言い
ます。


聖霊に対する冒とくとは、聖霊を侮ることとは異なり(ヘブ10:29)、
それは故意に従わない事で、罪を告白するなら赦されます。


しかしそれは、ファイリサイ派の人がしたように聖霊の代わりに
ベルゼブルによって悪霊を追い出していると言ったことです。
聖霊を悪霊と呼ぶなら、これでは聖霊が彼らの上で働き、悔い改め
させ、永遠に赦す事すらできなくなるというのです。


「イエスは主である」と告白させ頭首権を持つ主を明示するのが
聖霊(1コリ12:3)なる三一神の働きなのです。


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