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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.373

2010/02/10


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  <賢者の道〜Vol.373 - Come to Jesus - 2010-2-13>
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■【今週のテーマ】「キリストの愛を知る」
■【聖書】 エフェソ3:14〜21

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1.もしキリストの愛を知らなかったら
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25歳まで、教会も聖書も知らなかった私は、ある時読んだ
『カトリック・ダイジェスト』の記事で、アフリカの伝道に行った
宣教師が、現地の迫害者に殺される時に

「主よ、彼らを、お赦し下さい、自分が何をしているか知らないの
です」(ルカ23:34)と祈った、とありました。


これは、主イエスが十字架の上で祈られた言葉であり、使徒行伝に
よれば、執事ステファノも同じように迫害者に赦しの言葉で祈り、
殉教しました(7:60)。


ステファノの信仰と実践は、イエス・キリストの「十字架の愛」を
言葉だけでなく、実行したことで、この事実は、知る人の心を打ち、
私どもの人生の目標を変えるに十分でした。


私の場合、今までの人生観が変わり、受洗・献身に歩き出しました。


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2.パウロの祈り
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今日の聖書の箇所は、パウロが紀元60年頃、エフェソの信徒たちへ、
ローマの獄中から書いたもので、「信愛と荘厳に満ちた書」と言われて
います。


まず、14節には、短い表現ながら、パウロの信仰と祈りの姿勢は、
「敬虔」そのものであったことがうかがえます。


賀川豊彦先生は、ヨハネ1:18により、「神の懐に抱かれたいと思う
瞬間に、私は祈りの座に帰る」と祈りの気持ちを表現しています
(『全集』24巻454頁)。


賀川先生の祈りの姿勢について、武藤富男先生は、次のように話さ
れました。


賀川先生が満州で講演に見えられた時、当時満州国の要職にあった
武藤先生が、朝五時ごろ、賀川先生の部屋を訪ねた時、賀川豊彦
先生は、正座して、真剣に祈っておられた。


「やっぱり賀川先生は聖者であった」というのが武藤先生の感想で
した。これもパウロの祈りの影響でしょうか。


しかし、そういう武藤先生ご自身も、祈り深い方でした。


戦後、キリスト新聞社の社長室で仕事をしておられた武藤先生の所に、
職探しや、キリスト教関係者など大勢の客がありましたが、武藤先生は、
お別れの時、必ず、共に祈っておられました。


神学生とはいえ、キリスト者の習慣になじんでいない者でしたが、
私もこの祈りに加わり、良い影響を受けたと喜んでいます。


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3.エフェソ3:6の「内なる人」について考えます
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ここでは!)コリント4:16の「外なる人」に対比されています。


「外なる人」は、土の器、死ぬべき肉体を外部の力で弱らされる
あり方です。


これに対して「内なる人」は、外に表れない、非物質的部分です。


それは外部の損耗によって影響されないばかりか、神によって日々
新しくなる部分です。


エフェソ三16では、「キリストが・・・信仰によって住んで下さる
場所」で、御霊により、神の力によって強められる部分とされてい
ます。


信仰的には、内なる人が祈る場所が、聖なる宮になるのではないで
しょうか。


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4.「キリストの愛の広さ」とは何でしょうか
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それは限りない抱擁の広さでしょう。


前に述べた「賀川先生の祈りの教えの懐(キリストの愛の懐)」とも
考えられます。〈罪人たちのすべてを抱く愛の広さであります〉


「長さ」とはどこまで行っても尽きることのない愛の永遠性を
表しています。


「高さ・深さ」、それは何でしょうか。


それは、愛の崇高さと測り知ることの出来ない深さを表します。


このように、愛(キリストの愛・アガペーの愛)は、はかり知れない
広がりを持つものです。その故にこの3:18は、私の好きな聖句の
一つです。


毎週水曜日、青山やその他に、多くの朝祷会があり、多くの人が毎週
集まり祈っています。


しかも、教派を越えて集まり、共に、聖書を読み、学びに喜んで
集まっています。


このこと一つでも、キリストの愛の広さは、ここ日本で受け継がれ
ています。


3:20以下については、「リビングバイブル」訳のほうがわかりよく、
私たちの内に働く、力をよく説明しています。


「どうか、私たちのなしうるかぎりの祈り、願い、考え、望みを
無限に越えて、つまり私たちが、大胆に願い求め、夢見ることも
及ばない素晴らしいことを、その偉大な力でなさる神様に栄光が
ありますように。


どうかキリスト・イエスによって、教会に救いの計画をもたらして
くださった神様に栄光が永遠にありますように。アーメン」


敬虔なパウロの祈りに学ぶ、パウロの内なる人をわが身にとりこむ。
キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さに感嘆します。


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  発行者:ジェームス親泊
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