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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.306

2008/11/01


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  <賢者の道〜Vol.306 -In Christ Alone- 2008-11-1>
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■【今週のテーマ】「神の箱を担う奉仕」
■【聖書】サムエル記下6:1〜11

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全イスラエルの王となったダビデに、すべての事柄は益となって
働きました。
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シオンの要塞を獲得し、レバノンの杉で建てられた王宮も持ちま
した。


神の臨在は彼と共にありました。この頃になってダビデは、地上
での神の住まいについて考え始めました。彼は立派な家に住んで
いましたが、神を代表する箱はまだ幕屋の中に置かれたままでした
(7:2)。


彼はそのような状況に我慢できず、神の箱を永久の住まいに移すこ
とを決心しました。


これはダビデの心が神の家、神の住まいにあったことを示してい
ます。地上での神の住まいについてよくよく考えるべきです。


神が何を行われたとしても、何を与えてくれたにせよ、私たちの
関心は地上の神の住まいの建設でなければなりません。


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神の心にかなったダビデは、神がこの地上で安住する所を備えよう
と思ったのです。
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純金で覆われたアカシヤ材で造られた箱は働かれる神の臨在の表徴
であり、キリストの予表でした。


箱は、幕屋の奥の部屋である至聖所に安置されました。箱の所に
行く事は、神に行く事でした。


従って箱をダビデの要塞に移すことは、神を天から地に、シオンに
移すことであり、神の住まいを与えることでした。


歴史的に、この箱は、モーセによって造られ(出25:10〜22)、
その中には律法の板二枚を入れておくように造られました。
これは神自らが設計しました(出25:9)。


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律法は、人と神、人と人との関係を規制しました。
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神のあかしである律法は箱の中に置かれたので箱は「あかしの箱」
と呼ばれました(出26:33)。


また箱は神が民に会い、語るためのものでした(出25:22)。
箱は、イスラエルの子らと40年間、荒野を旅し、カナンの地に
入ってから、シロに留まりました(ヨシュア18:1)。その後、
ある時点で箱はペリシテ人に奪われ7ヶ月、ペリシテ人の地に留ま
りました(サム上4:11、22、6:1)。

最終的に、箱はベト・シェメシュに戻りました(6:11〜15)。


更に、そこからキリヤト・エアリムの地に移され、アビナダブの家
に運び入れられ、そこで20年間守られました(7:1)。


その時、神には家がなく、「客」で、アビナダブが「主人」でした。


ダビデは、神がご自身の家を持つことを思い神の箱が、アビナダブ
の家から、ダビデの町、シオンに移される事を願いました(サム下六)。 


そしてダビデは箱をアビナダブの家から運び出しケハト族のガド人
オベド・エドムの家に運び(6:10)、その後、ダビデの町シオン
(エルサレムの公の町の中心)に移しました。


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このようにダビデは箱を正しい場所に、彼の王国の中心に戻すこと
を決断したのです。
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神の臨在がないと、私たちは間違いを犯し、敗北するからです。
神を失うと、人生はむなしくなり、霊は弱くなり、目的は薄れます。


そこで、ダビデは3万人の部下を連れて、神の箱を取り返しにアビ
ナダブの家に行きます。


イスラエルの民はおそらくペリシテ人の影響を受けたのでしょう、
ペリシテ人がかつてしたように牛車に箱を乗せて移動させました。


異邦人であるペリシテ人がそうするのを神は容認しましたが、神の
民がそうするのを神は許しませんでした。


アビナダブの子ウザとアフヨは車を引きました。その道中、道が
悪く、牛がよろめいたのでウザが手を伸ばして箱を押さえました。


聖なるものに触れて死なないよう注意しなければならなかったの
です(民4:15)。その時恐ろしいことに彼は地に打たれてその場
で死んでしまいました。    


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なぜこのようなことが起こったのか。
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ダビデは激怒しました。ウザは牛車から落ちそうになった箱を押さ
えて粉砕されるのを食い止めたのに、なぜ死ななければならないの
ですか。苛酷ではありませんか。


確かにウザのしたことは間違ってはおりませんでした。しかし、
問題は神の箱を牛車に乗せたことにありました。


箱は持ち運ぶための環と棒があり、レビ人だけがかつぐべきでした
(歴上15:2)。箱は、主の重荷にほかならなかったのです。主の
重荷はレビ人の心で運ばれるものでした。


私たちも主の臨在を求めますが、その重荷の下に入ってかつごう
とはしません。神はただ手だけでなく心を要求なさるのです。


ダビデは、疲れて、あきらめました。彼はすぐにダビデの町に移す
ことを望みませんでした。そして3ヶ月間、オベド・エドムの家に
移したのです。


ところがこのオベド・エドムの家は神の臨在を迎えて全家族が祝福
されました。神の箱は、神の審判の道具となります。


ダビデは考えました。どこかに間違いがあったのではないか。


彼は考えめぐらしていた時、モーセの書に導かれ、レビ人でなけれ
ば箱をかついでならないことに気づいたのです(歴上15:13)。


しかも神の定めたやり方で牛車に乗せずかついだのです。 しかも
主の箱をかつぐ者が六歩進んだ時、雄牛をいけにえとしてささげま
した。


最初ダビデは主の臨在を求めた時、いけにえをささげさげませんで
した。そして力の限り主の前で踊ったのです。


このように私たちが主の臨在を求めるには、まずカルバリーにおい
て主と出会い、小羊の血によって罪が贖われない限り、主の喜びを
魂に持つことができません。


ダビデは主の重荷の下に心を置き、臨在を喜びました。


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私たちがになう主の重荷は何でしょうか。
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手だけ伸ばして支えようとするだけでしょうか。それともその重荷
をになって耐える中で主を喜ぶのでしょうか。


神に選ばれたレビ人だけにしか担うことを許さない主の重荷があり
ます。


私たちクリスチャンだけにしか許されていない主の重荷があります。
その第1が、神への礼拝です。祈りや献金もそうです。


これはクリスチャンに与えられた主の重荷です。主の定めに従って
実行しなければならないのです。


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  発行者:ジェームス親泊
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