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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.295

2008/08/16


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  <賢者の道〜Vol.295 -In Christ Alone- 2008-8-16>
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■【今週のテーマ】「神の川が流れる」 
■【聖書】エゼキエル47:1〜12

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国を滅亡に導く二つの原因があります。
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その一は、外敵によって征服されることであり、その二は、内部の
結束一致を欠き、道徳的に退廃が加わることです。


今日の日本は人間不信を加速させ、刃物で刺される恐怖、公務員の
不正行為、教育現場の不正や商行為に携わる人々の偽装表示などの
道徳的退廃が見られます。


これは国家の結束を阻害し、国力を低下させることになります。
預言者エゼキエルは、内部的結束を欠いて国は必ず滅びると、
この事を預言したのです。


イスラエルは元来小さな国で、東は砂漠に、西は地中海に阻まれ、
北東はバビロン帝国、西南はエジプト帝国の勢力に囲まれ、生存
競争にもがいていました。


このような中で、国を進展させるには強力な軍事力、経済力、
政治力によるのか、平和と愛による一致協力の力による団結に
よるのか、どちらかの選択をしなければなりません。


イスラエルは、初め平和な国でしたが外敵との拮抗から王サウロを
擁立して軍事力強化、帝国化を試みました。


しかし失敗し、ダビデ王の時代になって政治力を持って外交交渉に
より外敵に対して優位に立とうとしました。しかしそれは卓越した
ものでなく、最善の方法は敵と和解し、融合することです。


紀元前六世紀の預言者エゼキエルの時代、イスラエルは南北二つのに
分裂し、その両者は融合せず、内部対立があり、外敵の蹂躙するところ
となったのです。


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この事を考えたのがエゼキエルでした。
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当時彼はバビロン帝国の捕囚となりユーフラテス川の支流である
ケバル川のほとりに住んでいました。


バビロン王は南イスラエルのユダヤに出陣し、エルサレムを包囲、
最後の破壊に努めたのです。この事情を風の便りに聞いたか幻に
よって見たのかエゼキエルは詳しくその有様を記録しています。


彼は捕囚の身でありながら、エジプトやバビロンなどの大帝国に
しても、道徳的腐敗から論断しています。


彼は象徴的な言い方で、天かける翼、巻物、毛髪、枯れた骨、
川の流れなどの譬を借りて、言わんとするところの真理を語って
います。


この滅亡した祖国が、道徳的に内なる復興がなされるならば、エル
サレムに戻れる、これを熱っぽく語っています。そればかりか立ち
上げられる神殿を具体的に示しています。


それは新エルサレムの姿でもあります(40章)。そこには神殿から
流れ出る川が見られます。


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聖書では水は意義があります。
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創世記二章でエデンの園から流れ出た水は川となり、園を潤して
います。


ヨハネ福音書では、主イエスは何度も水について語ってます。
「私が与える水を飲む者は決して渇かない。私が与える水はその人
の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」(4:14)、

「渇いている人は誰でも、私の所に来て飲みなさい。私を信じる者は、
聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水となって流れ出る
ようになる」(7:37〜38)。


ヨハネ黙示録では神と小羊の玉座から流れ出る水晶のように輝く
命の水の川があることを記しています(22:1)。


これらの箇所で聖書は、水を神の命の表徴としています。


エゼキエル書で水は川となっています。水が神殿の敷居の下から
湧き上がり、流れていたのです。


まず500測ると水はくるぶしまでであった。再び測ると水は膝に
達しました。さらに測ると、水は腰に達し、四回目に測ると、
水かさは増し泳げるほどの川となったというのです。


私たちの内にある命が流れ出る秘訣が、ここに示されています。
それは測られるということです。エゼキエルが幻で見た人は、何度か
測っています。


青銅のように輝いていたその人(40:3)は、外壁の四方を測って
ますが、その目的は、聖と俗を分離、区別することでした。


聖書で青銅の意味は、裁きです。。青銅の祭壇、青銅の蛇は裁き
しています。測ることは裁くことであり、聖別することでした
(42:20)。


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 さて、神殿とは何を指しているのでしょうか。
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それは私たちの人の霊です。


私たちの霊は神殿であり、神の霊は私たちの霊の中に住み、命の水は
私たちの霊から流れ出ます。それは測られることによってです。


つまり、裁かれ、聖別されることによってです。唇や舌が測られ、
清められる時、命の水が流れ出ます。


しかも何度も、何度も測られることです。測られた所からは命の水が
滴り落ちます。服装も、装飾品も、部屋も測られる時、渇きにある
人々を潤します。


神の命は救われた人の霊の中にありますが、それは流れ出ることを
欲しています。神が人の内側を測られますと、まず愛の感情を裁き
ます。


いかに神の愛を知っていても、神以外のことに愛を注いでいるから
です。


また神は私たちの思想を測ります。思いは野生の馬のようで、まだ
神に連れ戻されていないことを示します。それに目を開かせてくだ
さるのです。


そして神は一つの願いを起させて下さいます。それは「すべての思い
をおささげします」という祈りです。


こうして思いが裁かれなすと、命が思いの中へと流れ込みます。


また神は意志をも測られます。頑固であった者も、神の前で意志が
従順になり「主よ、自分が欲することでなく、あなたの願われること
に従います」と祈るようになります。


命が意志の中に流れ込むからです。神は私たちの体、足、手、口、
耳、目を測ります。また生活、家庭、学問、財産すべてを測ります。


神の川に入り測られた人の足は、規制され、自由に歩き回ることが
できません。自由でなくなるので測られたくない人は多くおります。


好き勝手なことが言えなくなり、好きなことができなくなるからです。


しかし、測られた人の最後の段階は、泳ぐほかないのです。水の
流れによって運ばれるのです。


神の流れに生きることが、真の献身、命の享受であり、腐敗・堕落
からの救いの道なのです。


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  発行者:ジェームス親泊
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