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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.291

2008/07/19

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  <賢者の道〜Vol.291 -In Christ Alone- 2008-7-19>
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■【今週のテーマ】「葡萄園の失業者救済」の譬 
■【聖書】マタイ20:1〜16 


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マタイ福音書20章の葡萄園に働く労働者の報酬1デナリオンが早朝
出かけた者も昼でかけた者も夕方でかけた者も同等の報酬であり
ました。
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それで早朝出かけた者は不平を言います。


それに対して主人は「わたしはこの最後に来た者にも、あなたと
同じように支払ってやりたいのだ。

自分のものを自分の思うようにしてはいけないという法があると
でもいうのか。それとも私が気前がいいので、あなたの目には
ねたましく思われるのか」

と答えた、とキリストは言います。


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この譬はどのようなことを教えているのでしょうか。
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ここには、パレスチナの極貧の人たちの悲惨な状況が想定できます。


特にイエスの時代、農地改革が進んで、大地主階級であり貴族で
あったサドカイ派による土地買い占めによって、貧農は土地を
手放して浮浪者(現代のホームレス)へと転落するケースが
多かったことが想定されます。


第1の組(夜明け)は一デナリオンと賃金が決められて雇われました。


第2の組(9時頃)は「相当の賃金を上げるから」と額が決められ
ないまま雇われました。


第3の組(12時頃)と第4の組(3時頃)についても同じで賃金の額
の約束はありませんでした。


第5の組(5時頃)については報酬については何も述べられません
でした。


そして、夕方に賃金を支払う時、それはまず5時頃に雇われた者に
支払われ、昼雇った者たちに、次に朝早く雇った者たちに支払いま
した。


もし順番がそうでなかったなら、朝早く来た者はさっさと賃金を
受け取り、後の者たちの報酬額を知ることなく帰り、主人に文句
を言うこともなかったでしょう。


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つまり、この賃金支払いの順序が、つまづきを惹き起こしたのです。
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それは最後に来た人よりも12倍も働いたばかりでなく、何よりも
その際に暑さを辛抱しなければならなかった人たちを憤激させた
のです。


主人が一番遅く来た人にも彼らと同等に扱ったと言うことを知った
ことが問題だったのでしょうか。


それならば支払いの順序に問題があったことになります。あえて
そうしたというのは、不平、憤激を惹き起こすのを想定していた
としか言いようがありません。


主人のしたことは、その予期しなかった意外性のゆえに驚きと
ショックを引き起こしたのです。


それは、神の「憐れみ」が人間に与えるショックであり、驚きです。
これこそこの譬のねらいです。


最初に来た人とは、「百倍もの報い」を約束された宗教的エリート
(マタイ19:29)を指し、最後に来た人とは、宗教的に無価値な人
を指し、宗教的エリートへの警告であるかもしれません。


あるいは、神の民である者の異教徒への優位性が何の保証もない
ことへの警告であったかもしれません。


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この不思議な驚きは、一日中働いた者には不満となり、最後に来た
者には、なんの約束もなかったがゆえに、歓びの驚きとなります。
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しかし、そこにはもうひとつ見逃しがちな驚きの伏線があります。


それは、雇い主は、初めの者にも最後の者にもなにひとつ「不正」
をしていないことです!


初めの者には、約束どおりの賃金が、働いた仕事の報酬として支払
われ、同時に、最後の者は、全くの自由な好意と恵みからほとんど
ただで同じ報いを受け取るのです。


最後の者がしたことは、雇い主を信じて、とにかく言われたとおり
に行なったことだけです。


それが思いがけない報いとなって戻ってきたのですから歓びです。


ここで初めて、神の報いとは、人間の仕事の価値とは全く別の次元
で授与されるという福音の神髄が明かされるのです。


神の「恵み」とはどういうものかが、聞き手に示されるのです。


しかもそれが、何一つ不正を含まないという意味で、その「恵み」
が、同時に「神の義」であることが明らかにされるのです。


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惨めな失業者に向けられる神の平等な恵みを読みとります。
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神の恵みの歓びは、これを誇る者への「警告」と常に表裏をなして
います。


どのような失業者、落ちこぼれであっても、それなりに御霊の導き
に与ることができているというこの不思議こそ、イエス・キリスト
の福音の本質を表わしています。


何のとりえもない者でも主は用いて下さいます、私もまた実に夕方
やってきたような「5時から男」にすぎないのです。


国家は、「単なる物質の力ではなく、人格と人格との結合体である」
と見た生協の父・賀川豊彦は、社会連帯意識なくして生活保障も
失業保障もできるものではない、と考えました。


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そこで、この箇所を、賀川先生はこう説明します。
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「この目的は、労働権と人権を支持するための失業者救済にあった。
その根本精神を理解しないところに誤解があった。


最後に来る失業者にも、生活費を保証するためには、朝早く来る者
が少々犠牲にならなければならないからだ。


主人だけが苦労するのでは保険にはならない。だから社会愛意識が
具体化する世界でなければ、失業保障法も、生活保障法も絶対に
成功する見込みはないのだ。


宇宙全体が繋がっていると言う気持ちになって初めて、すべての
ものが助け合いができる。この連帯意識は、宗教意識そのもので
ある」と(『賀川豊彦全集13巻、256頁』。


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賀川先生は、これを贖罪愛と呼び、他愛精神が社会意識に根深く
刻み付けられないと失業保険も、生活保護も、養老年金も全く
空文に等しい、と言います。
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愛のみが社会を救済し、解放するというのです。この兄弟愛的意識
の現れこそ「最後に来る者」にも生活の保証をするという愛に、
世界の失業保険法は乗っかっている、ただ国家にゆだねたり、
個人の犠牲愛だけでは決して救済はできない、いずれ行き詰る、
だからこそ生活協同組合が必要なのだと言われたのです。


昨今の日本の社会保証制度を洞察したような発言に胸締め付けら
れる思いがします。


「葡萄園」と言う社会や教会の中で互いに助け合うシステムを
創設していかねばならないのです。


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