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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.270

2008/02/23

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ヨセフは、穀物を買いに来た兄弟たちに対して懲らしめのため厳し
く接しました。
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それは6ヶ月に及んでいます。しかし兄弟たちが二度目に末の弟の
ベニヤミンを連れて、エジプトに来たとき、懲らしめも終わりにし
て直ちに自らの正体を現すべきではないか、と思いました。


しかしヨセフはそうはしませんでした。


ヨセフは彼らのために自分の屋敷に宴席を設け、彼らと共に食事
をしました。しかしもう一方でヨセフは彼らに困難な問題を与えま
した。


そうすることの目的は一体なんであったのでしょうか。


創世記42章から45章の中ほどまでの3章半を占めているのは、
ヨセフが彼らの兄弟たちに識別されるという物語です。


つまりヨセフが困難を与えた目的は、彼が示唆や暗示を与えながら
ヨセフであることを識別し、認めることを期待したからであります。


認識するまで直接自らを現す必要がなかったのです。この箇所を
理解するためには、ヨセフがキリストの予表であると言うことです。

この箇所の中心聖句は、43:18です。


キリストに出会うために私たちは様々な懲らしめと強いられた
取り扱いを受けることがあります。エジプトで入手した食料の供給
にも限界がありました。


間もなく底をつき再びエジプトに行かなければなりませんでした。
兄弟のシメオンが獄にいるのも忘れることはできません。


そしてエジプトに戻るには末の弟ベニヤミンを連れて行かねばなり
ません。父ヤコブは苦しい選択を迫られました。


シメオンも奪われた。この子の兄ヨセフは死んでしまい、残って
いるこの子まで奪われたとしたら何と言うことか。ヤコブは恐れ
ました。


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  しかし彼は行かせることを決断せざるを得なかったのです。
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ヨセフは本人であることを言いませんでしたが、多くのしるしを
もって暗示しました。


兄弟たちが戻ってきた時、ヨセフは末の弟がいるのを確認するや家に
招くよう執事に命じています。これも異例のことです。


次に、前回穀物を買って、その代価を支払ったのにそのお金が自分
たちの袋に戻されていたことを執事に告げ、そうしたのは自分たち
ではないと説明しました。


すると執事は「御安心なさい。心配することはありません。きっと、
あなたの神、あなたの父の神が、その宝を袋に入れてくださったの
でしょう。あなたたちの銀は、このわたしが確かに受け取ったので
すから」(43:23)と言いました。


こう執事が答えたのは、ヨセフが彼らのことを執事にヘブライ人
であること、自分も同じ出身であることを告げていたに違いあり
ません。


さてヨセフの家で待っていた兄弟たちは、帰ってきたヨセフをひれ伏
して拝しました。


するとヨセフは「年取った父上は元気か、まだ生きておられるか」
と尋ねました。彼は愛情に満ちた人でした。ここにも彼が誰である
かの表示がありました。


次に同じ母から生まれた弟ベニヤミンを見て「前に話していた末の
弟はこれか」とエジプト語で尋ね、「私の子よ、神の恵みがお前に
あるように」、こういった後ヨセフは自分の部屋に駆け込んで泣き
ました。


顔を洗って出直すと、彼らと席を共にし会食を始めたのです。エジ
プト人がヘブライ人と共に食事をすることはできないしきたりで
あったにもかかわらずでした。


しかもその席順も年齢順に座らされたので、どうして年齢まで
知っているのか不思議に思ったのです。


もし彼らがすべての表示を一緒にしたなら「これはヨセフだ」と
言ったでしょう。しかもベニヤミンには誰の分より五倍多い食物を
与えました。これはヨセフが弟を愛していることを示しました。


しかし兄弟たちは誰もこの主人がヨセフであると聞きだすものは
いなかったのです。彼らのは識別する力がなかったのです。


反対に、彼らは奴隷にされ、ろばもろとも取り上げられるのではない
かと悪く考えたのです。


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彼らの目は、お金やロバ、自分たちの安全、自分の家族がどうなる
のかということで最も重要なもの、兄弟ヨセフを見ることができな
かったのです。
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これはキリストを見い出せない人々と同じです。


お金、ろばや家族の生活を忘れ、ヨセフだけを思い出し、愛する
なら、すべてが備えられるのに、それが気づかないでいます。


後に、ヨセフが兄弟たちを父の下に送り帰したとき、食料、晴れ着、
沢山のろば、そして子どもや妻たちや父を乗せるための馬車まで
引いて行かせたのでした。


そして「エジプトの国中で最良のものが、あなたたちのものになる
のだから」とファラオにも言わしめています(45:20)


主を知ることにおいて、私たちもみなヨハネの兄弟たちのように
愚かです。


キリストに出会うならすべてのものが添えて与えられるのです。


兄弟たちは、その主人がヨセフに似ていることに気づいたでしょう。
しかし、彼らがヨセフをしっかり見るには、自分たちのお金や持って
いる大切なものを忘れなければならないのです。


自分のお金、財産、自分の実力、能力が自分の力で得たと思い込んで
います。それらが神様からのものであることに気づいていません。


識別力の欠如です。生まれた順位に座らされた後でさえ、彼らは
主人が誰であるか認識しませんでした。


それは先入観にとらわれていたからです。彼らの邪悪な考えに心は
占有されていました。おそらく会食中も毒殺されるのではと思って
いたかもしれません。これが色眼鏡です。


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  今日、私たちもヨセフの手の下にあります。
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何を行うべきか、どこへ行くべきかは彼にかかっています。
あなたのろば、すなわち、あなたの財産、学歴、職業に信頼しては
ならないのです。


主は愛を持ってあなたと交わりたいと願っております。様々な多く
の良いことの表示を通して、彼を知るように示しております。


そしてあなたを主の満足、満たしのなかに置いてくださいます。
先入観にとらわれないで、目をお金やろばや自分に置かずイエスを
見上げ、彼を捉えるのです。 主を知りましょう。

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創刊日:2002-11-10  
最終発行日:  
発行周期:週1〜2回発行  
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