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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.261

2007/12/22


<賢者の道〜Vol.261 -Amazing Love, Amazing Grace- 2007-12-22>

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■【今週のテーマ】「呪縛より祝福へ」
■【聖書】 ガラテヤ 3章 7〜14節
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  イエス様の生涯は苦しみによって枠づけられておりました。
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出生の疑惑から始り、馬や牛と同じような扱いを受け、馬小屋で
生まれ、しかもヘロデ王の追及を受けつつ誕生し、大工として人一倍
働き、公生涯に入ってからも宗教指導者たちから嫌悪され、親兄弟
からは理解されず、弟子たちからは裏切られ、否まれ・・・


群衆からは「十字架につけよ」との合唱をもって迎えられ、ローマ兵
たちからは笑い者にされ、打ちたたかれ、あげくの果て十字架にさら
しものになり、全くの孤独の中で死んでいったのです。屈辱死で
あったのです。


このようなイエス様の苦しみが、私たちの為であった聖書は証言して
ます(ロマ8・32、ガラ2・20、テサ5・10、へブ2・9)。


しかし、なぜ主イエスの死が「すべての者のため」なのか、
「私たちのため」なのか聖書はあまり納得いく説明をしてくれません。


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  バラバは、暴動と殺人のかどで死刑宣告された者でしたが、
  イエス様によって肩代わりされました。
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ペトロ、ヨハネ、ヤコブもみなイエス様を否認し、苦しみをイエス様
に押し付け生き延びた者でした。そして、私たちもまた同じような者
だと聖書は証言している訳です。傷は誰かの傷によってしか癒されま
せん。


聖書は「彼(イエス様を指す)の受けた傷によって、わたしたちは
いやされた」(イザ5・35)、「(イエス様は)十字架にかかって、
自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました」(ペト2・24)
と証言しております。


問題は、、イエス様の苦しみが本当に私たちの苦しみであるといえる
のかどうかです。


そう思わない人を教会が排除したり、彼らにイエス様の苦しみを押し
付けるのではありません。もっと自由です。

教会は、イエス様の苦しみによって救われた人々、そこにしか解決の
道が無いと思う人々の集団なのです。


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  ではその苦しみの本質は何かという事です。
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それは十字架に象徴されています。この十字架にイエス様が、
つけられたということは、神の呪いを受けた、と原始教会は解釈しま
した。


しかし、使徒パウロはこれを律法の呪いとしました。
「キリストは、わたしたちの呪いとなって、わたしたちを律法から
贖い出してくださいました。『木にかけられた者は皆呪われている』
と書いてあるからです」(ガラ3・13)。


この引用は申命記21・23「木にかけられた死体は、神に呪われたもの
だからである」によりますが、「神によって」という句を省略し、
「皆」という言葉をつけ加えています。強引な引用です。


というのは律法主義者であったパウロは、その限界に気づき、回心した
のです。彼にとって、死に追いやるものは律法でした。


だから、主イエスの死は律法のもたらす呪いによる死以外の何物でも
なかったのです。もっともイエス様の死は、神に呪われた死であった
のですが、パウロが一番言いたかったのは、主イエスが呪いを受けた
のは、


「アブラハムに与えられた祝福が、キリスト・イエスにおいて異邦人に
及ぶため」(14a)というところにあります。


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  呪われた境涯から、いかに祝福された境涯に移れるかが主題です。
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呪いというのはどろどろした陰湿なもので、呪う者は自分が呪われて
いるのを予感しながら呪っている。「人を呪わば穴二つ」という諺が
ありますが、人を呪うとその呪いは自分にも跳ね返ってくるという
意味です。


人を呪い、世間を呪い、惨めな自分の境涯を呪う、それが人間の本質
です。


呪いがあると相手の抹殺を願い、その呪っている自分の呪いに苦し
められます。その苦しみは、主イエスの「神の呪いによって死んだ
十字架の姿」に行きつくまで終わりません。


相手へのこだわり、そうしてる自分へのこだわりにがんじがらめに
縛られている者の救いは、イエス・キリストが神の呪いを引き受けて
下さった、という出来事に行きつくほかないのです。


罪と死の法則から、霊と命の法則に超越して生きる以外にないのです
(ロマ7・17〜8・11)。


この世の肉の支配から解放され、神のみことばに立つ聖霊の支配に
生きる道です。


内なる人(ロマ7・22)が解放、人の潜在意識そのものの改造です。
みことばに忠実に従い、祈り、内なる自分の解放をめざすことなの
です。     


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◇             ク リ ス マ ス の ご 案 内               ◇
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  ◎ 12月23日(日):午前10:30 【クリスマス礼拝】 
  ◎ 12月24日(月):午後4:00  【キャンドルサービス】 

    ♪ヴィオラ・ダ・ガンバ〜クリスマスは優雅な弦の古楽器で♪
    ………………………………………………………………………
  
       場  所:東京信愛教会 東京都新宿区若松町8-3
       連絡先:03(3359)9539
       地下鉄大江戸線「若松河田駅」下車(徒歩3分)

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