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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.249

2007/09/29


<賢者の道〜Vol.249 -Amazing Grace- 2007-9-29>

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■【今週のテーマ】「長子の権利を軽んじたエサウ」
■【聖書】 創世記 25:27〜34  
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イサクは結婚後20年して双子を得ました。
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彼は自分の好みによって生き、双子の息子の長男エサウを偏って愛し
ました。エサウは巧みな狩猟者で、イサクの大好きな獲物の肉を獲っ
てきてくれたから祝福さえしようとしました。


これは祝福と好みとの混同です。


またイサクがゲラルに住んだ時、ペリシテ人が妻のリベカのことを
尋ねられた時、かつてアブラハムがしたように「私の妹です」と
偽りました(26:7)


イサクは決して霊的に生きたわけではありません。にもかかわらず
神の恵みを享受したのです。それは神の定めです。


これは神の恵みが、私たちが善くても悪くても関係なく注がれると
いうことです。。


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さてイサクはエサウを愛しましたが、妻のリべカは「穏やかな」人
ヤコブを愛しました。
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これは偏った愛であり、霊によるのでなく、好みに合い、生来の命
です。リベカは、ヤコブが祝福を受けることを願いました。


それはエソウの妻たちで苦しんだからでもありました(26:35)。


リベカは、ヤコブを助けるため夫をだますことによって結局、息子
を失いました。生きている間、彼女はヤコブに会えなかったから
です。


彼女はエソウを押しのけて、ヤコブを失ったのです。そればかりか
エソウはヤコブを憎み、殺そうとさえしました。そこでヤコブを
守るためにリベカは良い嫁を得るように自分の兄ラバンのもとに
送り出しました。


これは口実であり、ヤコブへの偏愛が真実の思いでした。


しかし、これが彼女を苦しめ、苦難を引き起こすのです。苦難を
避けるためには、生来の命に生きるのでなく、霊の命に生きること
です。


神を見つめ、神の言葉の中で語られたことを見ることです。


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このヤコブを通して私たちは神の対処を見ます。
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彼は人を押しのける性格を持っていたため、神の対処を受けなけれ
ばなりませんでした。どうして人を押しのける者が神の子になれる
でしょうか。


これは、造り変えることが目的です。


彼はエソウを押しのけ、かかとをつかんでいたため、その押し
のける性格をもって「ヤコブ」と名づけられたのです。


かかとをつかむ者の意味ですが、やがて造り変えられ、ヤコブで
なくなり、イスラエル(神の民、神の統治者)となったのです。


彼に伴うヨセフを通してファラオの下で世界を統治したのです。
このようにヤコブは神に選ばれていたのです。すでにリベカは主
から聞いていました。


「兄が弟に仕えるようになる」という預言をです(創25:23、ローマ
9:11〜12)。従って彼女は策略を諮ることをしなくても彼女の思い
通りになったはずです。


ヤコブにしても争う必要がなかったのです。これが選びです。


にもかかわらず彼らはもがいたのです。選びの後には、召しがあり
ます。


釣り上げられたものは、どこに逃げようとその釣り針はついてきます。


神に釣り上げられた人は、神によって神の子に造り変えられるに召さ
れているのです。


従ってヤコブの経験の目的は、平安、喜び、幸せな生活を得る事で
はありませんでした。事実彼は余り多く平安を持ちませんでした。
戦いの連続でした。


神の目的は、この哀れなヤコブを対処して、造り変えられ、神の子
となり、神の主権を代行することでした。


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創世記の終わりで、ヤコブはただ異教の王ファラオを祝福する者に
まで変えられています。
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イサク、リベカ、エサウ、これらすべてが共に働き益となり造り
変えられたのです(ローマ8:28)。


そればかりかエソウの妻たち、ラバン、ヤコブの妻などもヤコブ
の造り変わりのために神に用いられたのです。どうしようもない
押しのける者が神に選ばれている。


私たちは選ばれているでしょうか?


それでは、ヤコブであるに違いありません。神はヤコブたちを選ば
れるからです。


私たちは教会でも、家庭でも、職場、学校でも対処に苦しむことが
あります。ある人はエソウであり、リベカです。そして自分はヤコブ
です。


ですから彼らをすべて必要とします。神が与えられた人たちは、
自分に反対する人たちです。しかし神に間違いはありません。


それは神の対処であり、私にとって益なのです。造り変えられる
助けとなるからです。ヤコブがイサクとリベカから生まれたこと、
エサウが兄であったことは決して偶然でなく、神のご配剤でした。


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ヤコブは苦しんだ原因に兄のエソウの不注意があります。
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彼は空腹であった時、食べ物ほしさに長子の権利を譲ったのです。
「パンとレンズ豆の煮物」と取引し長子の権利を軽んじたのです。


神が選びの民に与える長子の権利は、三つのことを含んでいます。


それは、神を表現し、神の主権を代行し、神の国にあずかる事です。


神の国の実際は、教会生活の中にあります。また私たちは霊的誕生
によってみな長子の権利を得ています。


すべて召され、新生したものは長子になる権利があります。しかし
エサウがこの世への愛着から長子の権利(聖霊にある生活)を軽ん
じたように、みだらな者や俗悪な者とならないように気をつけなけ
ればなりません(ヘブル12:16)。


クリスチャンと言ってもエソウのように長子の権利を軽んじ、期待
されている神の目的の実行をしない者が多くいます。


教会生活の中で神の国に生きていることも無視します。それでは、
今夜、神の国が実際に訪れたとしてもあずかりません。


神の代理者として愛と憐れみを施す者となりましょう。

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