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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.246

2007/09/08


<賢者の道〜Vol.246 -Amazing Grace- 2007-9-8>


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■【今週のテーマ】「イサク奉献」
■【聖書】 創世記22:1〜10
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神がアブラハムに命じられたことは「愛する独り子イサクを連れて、
モリヤの山に行きなさい。・・・彼を焼き尽くす献げ物としてささげ
なさい」(創世記22:2)ということでした。
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これは、アブラハムに与えられていた命を神に献げ返すことでした。
これは120歳を超えていたアブラハムにとってつらい決断でした。
私たちもこれと同じ経験を過去にしてきたことでしょう。


私たちの与えられた賜物、力、働き、成功を返すことです。アブラ
ハムがロトやエリエゼル、イシュマエルを追い出すことは容易で
あったかも知れませんが、最愛の独り子イサクを手放すことは
極めて困難なことでした。


この道、伝道や奉仕をするのでなく、神から既に与えられたものを
お返しする道は誰でもが取らねばならない道です。


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神はアブラハムに成長したイサクを連れ、ベエル・シェバから2日
の道のりのあるモリヤの地に行き、そこで山の1つで息子を献げる
ように命じました。
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なぜ遠く離れた山へ旅することを求められたのでしょうか。しかも
神はどの山に行くかも告げずただ「わたしが命じる山の一つに登り」
なさいと言われただけです。


私たちは焼き尽くす献げ物を、自分が選んだ場場所で神に献げる
ことは出来ませんし、献げるべきではありません。


神が召した場所に行かなければならないのです。教会がどんなに
遠く、2時間、3時間かけて毎週礼拝に来られる方がいますが、
それは神の召しに忠実な姿です。自分を満足させるためでなく、
神を満足させるために生きるのです。


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しかもイサクは自分が焼き尽くす献げ物になるとは知りませんで
した。
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アブラハムは手に火と刃物を持ち、イサクは薪を背負い歩きました。
イサクは「焼く尽くす献げ物はどこにあるのですか」と尋ねます。


アブラハムは「神が備えてくださる」と答えます。焼く尽くす献げ
物になるとは、殺され、焼かれることです。


ベエル・シェバの水を飲み育ち、エル・オラム(永遠)の御名を
呼び求めることは、モリヤの山で火に焼かれるためです。


この道程は、苦難を引き起こす旅ですが、その結果は祝福なのです。


イサクは献げられた後、神の永遠の目的を果たすために復活の中で
戻されました。彼はもはや生来のイサクではなく、復活したイサク
でした。


私たちが神から受けたものを神にお返しする時、それを神は復活の
中で戻してくださるのです。


この原理を一粒の麦の譬で知ります。一粒の麦が地に落ちて死なな
ければ、それはそのままです。しかし、それが死んだなら、多くの
実を結ぶのです。


生来の賜物、もって生まれた能力、努力、運によって手にした成功、
財、働きを保っておいて、神に献げないなとしたなら、それは一粒
のままです。


しかし、それを神に献げ返すなら、それは死を通過した後、復活の
中であなたに戻され祝福となるのです。これが十字架と復活の原理
です。一粒の麦が増えて百粒の麦になることが神の祝福なのです。


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もう1つ創世記22章で見ることがあります。
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それはアブラハムの従順です。神が息子を献げるように命じられ
た時、彼は大胆に従いました。妻と相談したという記録もありま
せんからすばやく応答したのでしょう。


朝早く起き、出発しました。これは新約聖書ヘブライ11:17〜19に
より彼がイサクを神は必ず復活させるという信頼する信仰があった
ことが分かります。


そしてイサクから生まれる者が子孫を残すという神の約束を成就
するために、たとえイサクが死んでも神は必ず彼を復活させる、
そうでなったなら神の言葉は虚しいと考えていたからです。


ローマ4:17でアブラハムについて語っていますが、彼が信じた神は
「死者に命を与え、存在していないものを呼び出して存在させる神」、
無から有を呼び出す神であると言っています。


イサクが戻されることは、神が死者に命を与えることと関係があり
ます。アブラハムが神に従えたのは、このような信仰を持っていた
からです。


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しかも彼は自分の考え願いで事をなしたのでなく、ただ神の啓示に
従ったのです。
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神は彼に何をなし、どうなすのかをその都度告げられました。
従ってイサクを献げることでの行動はすべて神の指示通りに進め
られ、モリヤの山、後にシオンの山と呼ばれるで最初に礼拝を献げ
る者となったのです。


私たちも同じ思いと信仰を持って永遠のシオンに向かって行きま
しょう。


モリヤと言う名の意味は、「ヤァのビジョン」です。またアブラハム
はその場所をヤーゥエ・イルェ(主は見られる、主は備えられる)で、
神の備えは、常にビジョンです。


今日、シオンの山である正当な教会生活には完全なビジョンを見る
のです。それは同時に神の備えを見ることです。


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