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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.233

2007/06/09


<賢者の道〜Vol.233 -Amazing Grace- 2007-6-9>

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■【今週のテーマ】「召された者の試練」
■【聖書】 創世記 12章9節〜13章1節
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アブラハムはベテルとアイの間に到着したとき、そこは最上の場所
であると思ったのですが、更に旅を続け、ネゲブ地方に移ったのです。
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ところがそこは飢饉がひどかったのでエジプトへ下らざるを得な
かったのです。


これは神の定めた場所から、この世のただ中に下ることを意味しま
した。カナンの高い地点から、この世の国境に下ることは多くの人
が経験する道です。


ここに試練が発生します。


アブラハムはカナンにとどまるべきでした。それは神の約束の地で
あり、彼の子孫に与えられる地であったからです。


飢饉が起きたことは試練でした。しかし信仰に生きるアブラハムは、
食料の欠乏を心配せず、主に信頼し、生きるべきでした。


しかしながら飢饉が来た時、アブラハムは何をしたでしょうか。
祈ったのでしょうか、そうしたようには見えません。


祈りを忘れたように、行動したのです。彼を笑うことはできません。
わたしたちのおおくが同じように行動するからです。


ネゲブの地は食料がなく、エジプトには多くの食料があるので、
妻と話し合うこともなく、二人はエジプトに行くのでした。


神を持たぬ人のように行動したのです。起源前1500年頃のことです。


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アブラハムとサライがエジプトに来た時、彼はエジプト人が自分を
殺し、妻を奪うのを恐れて、サライに向かって「どうか私の妹だと
言ってくれ、そうすれば無事に生き延びられる」と言いました。
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二人は嘘をついて罪を犯したのです。アブラハムは自分が救われる
ために妻を犠牲にしました。
サライは従順に従い、夫をとがめませんでした。


アブラハムの憶測は的中しました。エジプト人は彼の妻を宮殿に
連れ去り、フアラオの女として召したのです。


その結果、王はアブラハムに羊、牛、ろば、らくだ、奴隷を与え、
彼は裕福になったのです。


しかし、神は放っておかず介入し、ファラオを対処しました。
主は、アブラハムの妻のことで、ファラオと宮廷の人々に病気を
送ったのです。


ところがサライだけは免れたのでしょう。そこで「あの女は何者
なのか、なぜ彼女だけ病気にならないのか」との疑問が起こった
のでしょう。


そこで彼女はファラオに自分がアブラハムの妻であると告白した
のでしょう。


神の御手はサライのゆえに、ファラオの上にありました。私たち
信者が、神にある信仰を持っている時、周りの人たちは益を受け
ますが、私たちが信仰を持ち損ねると、周りの人たちに害を及ぼ
します。


結局、ファラオはアブラハムを呼び寄せ、「妻を連れ、立ち去って
もらいたい」と告げ、すべての持ち物、財産一切を奪うことなく
去らせ、アブラハムは妻を失わず、むしろ罪を築いてエジプトを
出たのでした。


彼は神の守る恵みを経験したのでした。


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このエジプトでの経験でアブラハムは神はあらゆる事で顧みて
くださることを学びました。
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どんなどん底にいても神は守ってくださる、信頼していてもいなく
ても神は愛を持って導かれることを知ったのです。


彼が妻を売って生き延びようとしたにもかかわらず、神は彼の妻を
守り、さらに多くの財産を与えようとしているかを知るのです。


この神の祝福を何と言いましょうか。アブラハムのしたことは
卑劣なことで、嘘であり、許せないことであったのもかかわらず、
神は見棄て給わないお方であることを知ります。


これが神の祝福であり、福音です。アブラハムは合わせる顔が
なかったでしょう。主よ、感謝します、などと言える顔さえ
持たなかったでしょう。


これらの恵みを得るに値しない人、それがアブラハムでした。
なのに無代価で与えてくださった。これが福音です。祝福です。


クリスチャンはこのすばらしい福音を伝える者なのです。これを
実践する者であるべきなのです。


エジプトを出たアブラハムたちは、再びベテルとアイの間に天幕を
張り、祭壇を築き、主の御名を呼びました。アブラハムがエジプト
で妻を売る計画をしていた時、祭壇、天幕、主の御名を呼ぶことは
ありませんでした。


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このエジプトの学びで成長したかどうかを証明するには、幾つかの
テストが必要です。
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一つのテストは主の兄弟の争いです。


アブラハムは妻を売った事により裕福になりましたが、この富が
彼に困難を引き起こしました。


二度目の試練は、最初の試練の祝福から来ます。アブラハムも甥の
ロトも裕福になりましたが家畜を飼うには土地が狭すぎました。


それで牧者たちの間で争いが起こりました。そこでアブラハムは
別れることを提案しました。


アブラハムはヘブライ人同士の争いを恥と考えたのでしょう。
周囲の異邦人は彼らを見ています。ですから争いがあってはなら
ないのです。


アブラハムは、神の下ですべてが自分のものであることを知ったの
ですから今や自分が選択する必要はない、ロトが好きなように選べ
ばよいではないか、と考えたと思います。


そこでロトはアブラハムから離れ、ソドムに移り住んだのでした。
聖なる別れです。


これらから私たちは争わないことを学ばねばなりません。


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