その他ニュース

賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

全て表示する >

賢者の道 Vol.229

2007/05/12


<賢者の道〜Vol.229 -Amazing Grace- 2007-5-12>

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■【今週のテーマ】「神に召されたアブラハム」
■【聖書】 創世記12章:1〜4節
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

++----------------------------------------------------------++
「信仰によって生きる人々は、アブラハムの子」(ガラテヤ3:7)
です。
++----------------------------------------------------------++


アブラハムはユダヤ人以外の人々をも皆「祝福」するという福音を
もたらし、信仰に生きる人は「祝福」されることを予告してくれま
した(同3:8)。


ですから福音は、アブラハムから始まると言っていいのです。それを
裏付けるようにマタイ福音書一章の系図では「アブラハムの子、
ダビデの子、イエス・キリストの系図」と新約はアブラハムの系図で
始まっています。


創世記12章で「地上の氏族のすべて、あなた(アブラハム)に
よって祝福に入る」と福音が宣べ伝えられたのです。


彼は「大いなる国民」とされます。それは旧約における神の国と
してのイスラエル、新約における神の国としての教会、来るべき
新天新地の民となることです。


ではこのアブラハムに約束された「祝福」とは何でしょうか?

ガラテヤ3:14で「それは、アブラハムに与えられた祝福が、
キリスト・イエスにおいて異邦人に及ぶためであり、また、
わたしたちが、約束された霊を信仰によって受けるためでした」

とあるように、祝福とは、「約束された霊」です。


それは誰でしょうか?

それは復活のキリストの霊です。この聖霊が、祝福であり、
福音なのです。


さてアブラハムが神に召されたことを考えて見ましょう。


それは第一に、新しい出発でした。
腐敗し、堕落した人に、神が入って来ることは新しい開始でした。
キリストを救い主と信じる人は、その信仰によってみなアブラハム
の子孫となります。


それは新しい出発を持ったからです。これまでの旧き生涯と、
存在、観念を変えられて生きる、これが神の召しです。


++----------------------------------------------------------++
 次に、神の召しの新しい出発は、「氏族の移動」です。 
++----------------------------------------------------------++


神は、アダムの氏族を放棄し、アブラハムとその子孫を選んで、
新しい氏族とし、神の民とし神の永遠の目的を成就されることを
願いました。


これはアダムの氏族から、アブラハムの氏族への移動です。


私たちは、信仰によって、旧い氏族、民族から別の氏族、新しい、
神の国の民族へと移動されるのです。


この地上の民族の壁を打ち破って、神の国の民として移動するの
です。これが信仰の旅路、約束の旅路です。


++----------------------------------------------------------++
 第三に、神の召しによる氏族の移動は、「いのちの移動」でもあり
  ます。
++----------------------------------------------------------++


いくら民族・氏族の壁を越えて生きるとしても、いのちの移動を
したとは言えません。しかし神の召しでは、いのちの移動が
もたらされます。


それはアダムのいのちからキリストのいのちへの移動です。
旧創造のいのちから、新創造のいのちへの移動です。


はるかにまさったいのち、強いいのち、キリストのいのちへの
移動です。


アブラハムは腐敗した地から召し出された時、子がなく、年老いて
いましたが跡継ぎがありませんでした。よって後継者として家の僕
エリエゼルを考えたのです。


しかし神はエリエゼルを拒絶されました。


するとアブラハムは、エジプト人の女奴隷のハガルによって子を持つ
という妻サラの「提案」によって、自分の肉の力を働かせて跡継ぎを
得ようとし、イシユマエルを与えられました(創世記16章)。


アブラハムはこの子を愛し、保持したかったのですが、神は受け
入れませんでした。


神の約束の子ではなかったからです。定められた時、いのちの時に、
サラはこどもを産む年齢をはるかに越えていましたが、神の恵みで
実の子、イサクを与えられたのです。


これにより、妻サラはその自分の提案によって悩まされました。
それは、彼女の提案が、肉の思いから出て、神からでた「提案」
ではなかったからです。


そこで彼女はイシユマエルとその母ハガルを追い出すように夫に
告げたのでした。アブラハムもまた苦しみました。


にもかかわらず神は「あの子どもとあの女のことで苦しまなくても
よい。すべてサラの言うことに聞き従いなさい」(同21:12)と
彼女の勧めを受け入れたのです。


これは、神がいのちの移動の必要を示したからです。


++----------------------------------------------------------++
神はアブラハムに約束の地を受け継ぐ子孫を持つと約束され、
「全き者」となるよう願われました(同17:1)。
++----------------------------------------------------------++


そこでアブラムからアブラハムに名を変え、割礼を施すよう命じた
ように(同17章)、肉の力を断ち切り、神ご自身が来られて約束を
果たし、実を結ぶことを願われたのです。


「定められた時(ラ・モエーブ)、いのちの時に(カ・エーツ
ハヤー)、私はあなたの所に戻ってくる。そしてサラは男の子を
持つ」(同18:14)と言われます。


イサク誕生のために「定められた時」は、「いのちの時」でした。


この時は、肉の力で事をなすのをやめ、神が介入される時にもたら
される誕生でした。


神の介入は、いのちの介入です。イサクの誕生は神の到来なので
した。自分の生来のいのちで事柄を改善したり、対処したりするの
でなく、新しいいのちの到来・介入を待ち望むいのちの移動が、
神の召しです。


この生来のいのちを屈服させるのは困難です。イサクの子ヤコブも
生来の力で人を押しのけて生きてましたが、神に屈服され変えられ
ました。


押しのける手は人を祝福する手になりました。これが福音です。
 

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■
  発行者:ジェームス親泊
  協  力:おとずれ社 
  web版: http://homepage2.nifty.com/j-osamu/info.html
  まぐまぐ(マガジンID:99821) http://www.mag2.com/
  melma!(マガジンID:76793) http://www.melma.com/
  melma!(マガジンID:151618) http://www.melma.com/
  ご意見ご感想: j-osamu@nifty.com
★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★
      God wants you to be blessed!

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2002-11-10  
最終発行日:  
発行周期:週1〜2回発行  
Score!: 100 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。