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賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

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賢者の道 Vol.227

2007/04/28


<賢者の道〜Vol.227 -Amazing Grace- 2007-4-28>

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■【今週のテーマ】「実現した神の国の平和」
■【聖書】 ミカ書 4:1〜8
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 「神の国」という概念は、聖書では大きな主題です。
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主イエスも宣教活動の皮切りに「時は満ち、神の国は近づい
た」と言われましたが、この神の国の事が創世記9:1〜7に
暗示されています。


6節では「人の血を流す者は、人によって自分の血を流される」
と言います。これによって人の「政治」の起源を見ます。


それまで神は万物に対する支配権を人に与えてはいましたが(創世
記1:26〜27)、夫が妻のかしらであること以外に(3:16)、
人が他の人を支配する権威を与えてはいませんでした。


しかし、洪水の後、地上に不法と暴虐が満ち(6:11、13)人々は
平安に生きることができなくなりました。そこで神は、人に他の
人を支配する権威を与えたのです。


これが「政治」の始まりです。神の代理としていかに人を支配、
統治するかが、ノアに与えられた課題でした。それは「神の国」
の影と呼ぶべき状況でした。


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 洪水の後、地上は平和で満たされました。
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ノアはぶどう畑を作った事からそれを知ります。


ミカ書4:3〜4は、神の民がぶどう畑を持つとき、それは地上に
平和がある事を意味します。


「主は多くの民の争いを裁き、はるか遠くまでも、強い国々を
戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して
鎌とする。

国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。

人はそれぞれ自分のぶどうの木の下、いちじくの木の下に座り、
脅かすものは何もないと万軍の主の口が語られた」とあります。


これらの節は、来るべき神の国を言っており、もはや戦いはない
状況、平和があることを意味します。ノアがぶどう畑を作った
事は、彼が神の国の中で平和を享受していたことを証明します。


その当時、不法や暴虐はなかったのです。今日の正常な教会
生活は、戦いがなく、安息がある真のぶどう畑でなければなり
ません。


それには、神の言葉によって、関節と骨髄が両刃の剣によって
刺し通され、切り離されるように、内なる人である霊と外なる人
である魂(思い・意志・感情)とが切り離され、内側に真の平安を
得なければならないのです。


リバイバル(信仰復興)は、決して軽視するわけではありませんが、
祈りや御言葉に専念することを通してよりも、 外側の殻を砕いて
内なる霊を解き放つ復活の人となることの結果もたらされる事柄
です。


その神の国の影の中で、ノアは神を代行する立場を得、神が初めに
持っていた目的が回復されたのです。1章26〜28で語られた幾つか
の言葉は、9章1〜7で繰り返されています。


これはリセットされたことを意味します。


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 今や、神の国を見ます。新約聖書は「神の国」の書です。
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福音が宣べ伝えられるのは、神の国に入るためにあります。


真の教会生活は、神の国です。しかしある人は、今は「教会時代」
であり、「神の国」はまだ到来していない、と言います。


一見正しいようですが、ある意味で正しくありません。私たちの
救いと新生は教会のためであり、教会は神の国だからです。


しかし多くの教会は、この世の社会と変わりなく、肉の姿をもって
いる場合があります。


外側が砕かれていない人による教会形成は、霊の解き放ちがない
ため、霊の交流、親しみを感じ得ないばかりか、霊の供給がなく、
貧しさが目立つからです。


従って正常な教会の建設は、神の国の確立でなければならないの
です。


マタイ16:18〜19で、主イエスは「わたしはこの岩に上にわたしの
教会(エクレシア=召し出された会衆)を建てる」と言われ、
19節で主はペトロに「わたしはあなたに天の国の鍵を授ける」と
言われました。


主は「教会」を「天の国」(=神の国)に置き換えられました。
それは同じことを言っているからです。パウロもローマ14:17で
「神の国は・・・聖霊によって与えられる義と平和と喜びなの
です」と言い、教会生活が「神の国」であることを語っています。


そして私たちは、天的、神の支配の下におります。それは完全に
霊の中で生き、歩く生活で、肉の支配でなく、復活の中での支配
です。


 内側の神の国は既にありますが、外側の神の国の出現は将来
やってきます。それは内側で主イエスご自身が私たちと共に
あられるのですが、外側の主イエスがやがて来られるようにです。


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 いずれにしても教会は神の国の復活の支配の中になければなりません。
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肉の方法で権威を行使してはなりません。もし夫が肉の力で権威を
行使するなら、かしらである事は直ちに止まり、尾となります。


肉の中にいるのか、霊の中に入るのか、それは誰にでも分かります。
復活の中にいることは、霊の中にいることです。霊の中に居ない
ならば立場を失います。


いかに威厳があるように振る舞っても威厳を失います。しかし
復活の中にいれば真の威厳を持ちます。これが王権です。 


またいかに主が来臨したとしても反逆の性質は人の中に残ります。
千年後の終わりの時でさえ、サタンはその牢から解放され(黙示録
20:7)人の中に反逆の性質があることを暴露します。


人とサタンはその後、神によって裁かれます。今、私たちは
復活の中に生きる事です。


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