その他ニュース

賢者の道

忙しく複雑化したストレスの多い社会で生活するためには、どうしたら良いのでしょうか?体に食物が必要なように、心にも栄養が必要です。賢者の知恵=「聖書の教え」を配信します。難しく考えることなく、シンプルに生きられたら幸いです。

全て表示する >

賢者の道 Vol.221

2007/03/17


<賢者の道〜Vol.221 -Amazing Grace- 2007-3-17>

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■【今週のテーマ】「十字架と祭壇」
■【聖書】 創世記8章 16〜22節
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


++----------------------------------------------------------++
 洪水を経験した人々が箱舟から出てきた後、何を行ったでしょうか?
++----------------------------------------------------------++


彼らが行った最初のことは、祭壇を築いて、神にいけにえを献げる
ことでした。これは教会生活にあっても学ぶべき第一のことで、
何らかの働きをすることではないと言うことです。


十字架に向かう それは十字架を通してキリストを神に献げることで
なければならないと言うことです。ノアはそれを実行したのです。


祭壇は、キリストの予表であり、いけにえはキリストの様々な面の
予表です。私たちは自分が経験したキリストを神に献げるのです。


しかも十字架を通してキリストを神に献げるのです。ですからまず
十字架に向かわなければなりません。何かをしようと振る舞ったり、
企てたりするのでなく、まず十字架に行き、自分自身を殺すことから
始めなければならないのです。


夫を愛したい、妻を愛したい、子どもを愛したい、と思うなら、まず
十字架に向かい、自分を殺さなければなりません。


神のために働く場合も同じです。まず働く前に、十字架に来て、
殺されなければ神のための良い働きはできません。そうでないと
肉の働き・奉仕・振る舞いとなり、霊的なものとはならないのです。


十字架を経過した後、そこにはかぐわしいキリストの香りが残るのです。


++----------------------------------------------------------++
 神の満足 
++----------------------------------------------------------++

同時にそれは神の満足をもたらします。私たちが祭壇で殺されるなら、
神のご臨在の中で互いにキリストを分け合うことができます。


そのとき神も満足しますが、私たちも満足します。飢えがありません。
もし私たちの中で誰かが飢えているなら、神も飢えています。


神は満足していない、と思わなければならないのです。皆さんが
幸福でなければ、神も幸福ではありません。


ちょうど親心と似ています。子どもが幸せでなければ親は幸せでは
ないようにです。もし私たちがいったん十字架で殺されて、キリスト
を完全な方法で経験し、満たされ、幸いになり、満足するなら神も
満足します。


しかし、私たちが振る舞おうとし、聖霊のお取り扱いを受けるのを
望まないならますます飢えを感じることになるのです。注意する
必要があります。


++----------------------------------------------------------++
 呪いを追放する 
++----------------------------------------------------------++

更に、十字架を通してキリストを神に献げることは、呪いを追放し
ます。


人は堕落の結果呪いの下に置かれました(創世記三17)。呪縛です。
それは死のことです。死はすべての苦難を含め、呪いの集大成です。


私たちが十字架を通してキリストを神に献げることは、この呪いを
追放し、死を追放することを意味します。


具体的な呪いのしるしには、うわさ話、批判、不平、ねたみなどが
見られます。これらはすべて十字架の経験によって対処されます。


いかに教会生活をしていても十字架の経験を経過しなければ呪いの
下にあります。


集会が死の下にあるという感覚を持つことがあります。恨み、
憎しみ、批判、不満で満ちている集会は呪いの下にあります。


ところが命に満ち、何かが生きて、輝き、照らしているという感覚
を持つとき、そこには呪いがありません。呪いが追放されているから
です。


最大の祝福は命です。


命は神が命じられた祝福です。教会で、異質なる兄弟姉妹たちが
十字架を通過して共に生きるのは何と麗しいことでしょうか。

そこには命があり、祝福があります。教会の集会では、死が飲み
尽くされ、呪いが追放されていなければならないのです。


++----------------------------------------------------------++
 大地に祝福をもたらすまた十字架を通してキリストを神に献げる
 ことは、大地に祝福をもたらします(8:22)。
++----------------------------------------------------------++


第一は、種まきです。
キリストを命の種として多くの人々の中へまく事ができます。


第二は、収穫です。キリストを供給するだけでなく、キリストが内に
生きる新しい回心者をもたらすことができるというのです。


第三は、寒さと暑さです。教会は生ぬるい場所ではありません。
サタン、罪、この世に対して冷たいのです。冷淡です。私たちは
肉の働き、外なる人の活動に対して冷たくあらねばならないのです。


もう一方で人を温めます。夏と冬、昼と夜です。肉の呪いの働きに
対して冷淡であり、睡眠をもたらし、凍死させるのが教会の働きで
あるべきです。


しかし霊の命の働きに対して温かく、活性化させ、生命の充実を
もたらします。


++----------------------------------------------------------++
 ですから教会生活をなし神の祝福のもとに生きようとする人は、
 正常な生活を心がけなければならないのです。
++----------------------------------------------------------++


教会の人はみな健康的です。なぜなら教会の礼拝生活を通して神の
祝福の下にあるからです。


教会に来る前の多くの人は、病気がちだったり、精神的に病んで
いたり、ついてない生活だったことを証しします。


しかし教会生活に入って健康になり、冷静になっています。これは
呪いから解放され、祝福されたからです。


これは神に献げるキリストが癒すのです。教会生活は健康で、
冷静で、感情的にバランスが取れる正常な生活ですから、生活に
異常を感じている人は徹底して主のお取り扱いを受けるように
すべきでしょう。


ぜひ雲を追い払い、虹を見る生活を取り戻してください!


■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■
  発行者:ジェームス親泊
  協  力:おとずれ社 
  web版: http://homepage2.nifty.com/j-osamu/info.html
  まぐまぐ(マガジンID:99821) http://www.mag2.com/
  melma!(マガジンID:76793) http://www.melma.com/
  melma!(マガジンID:151618) http://www.melma.com/
  ご意見ご感想: j-osamu@nifty.com
★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★
      God wants you to be blessed!

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2002-11-10  
最終発行日:  
発行周期:週1〜2回発行  
Score!: 100 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。