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週刊アラブマガジン

「マガジン」はアラビア語が語源だということをご存じでしたか? 週刊アラブマガジンはアラブ・イスラーム文化について幅広くご紹介します。中東及びアラビア語、アラブ・イスラーム文化に興味のある方、必見です!

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週刊アラブマガジン [Vol. 200]

2007/05/30

 
 
Vol.200 2007.05.30発行

       ◆◇◆ 『週刊アラブマガジン』 ◆◇◆

【今週の目次】

1.アラブ案内    【アラブの芸能と芸術運動 2】
2.詩のそよ風    【言葉は戦争の始まり】
3.十字軍の歴史   【第5回十字軍遠征の失敗】
4.アラブとの架け橋 【ハリール氏 インタビュー 2】

 ★★1.アラブ案内   ★★★★★★★★
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           【アラブの芸能と芸術運動 2】



 メソポタミアやファラオの時代にすでに宗教劇などが存在していたが、演劇は
中世のアラブではイスラムの影響もあって衰微した。しかし今から百年ほど前か
ら、民衆の中に継承されてきた語り物文学や16世紀にトルコから来た影絵人形
劇の伝統の上に、近代ヨーロッパの演劇運動も次第に展開されていった。

 アラブの近代演劇が開幕したのは、スエズ運河の開通を祝ってカイロのオペラ
座が開かれた1869年頃であった。このオペラ座のこけらおとしに初演するた
め、ベルディに歌劇「アイーダ」の作曲が依頼されていたが、おりあしく、普仏
戦争の勃発の影響を受けて作曲が間に合わず、初演は「リゴレット」だったとい
う。優れた音響効果をもつイタリア式の美しいオペラ座は惜しくも1974年に
焼失した。

 イラクでは1882年にモスールで最初の演劇が上演され、専門の劇団は
1920年に誕生した。1932年カイロのアズハル大学総長が、舞台俳優にな
ること、とくに女性が舞踊をすることを厳しく非難したことから大論争がひき起
されている。この分野で先駆的役割を果したのは、キリスト教徒のシリア人で
あった。

 筆者はカイロでチェホフの「桜の園」、モリエールの「才女気質」、ユーセ
フ・イドリスの現代風刺劇「ファラフィール」などを見た。バクダットで見た創
作劇「侵入者」は蒙古軍の襲撃後の王宮内の葛藤を描いたもので、衣装、演技等
抜群であった。ベイルートではフェイルーズの歌劇を2つ見たが、新しい国民的
オペラを育てようという意欲が舞台にみなぎっていた。またカイロの人形劇団は
創立後間もなく国際賞を獲得している。

 広く世界に窓を開き、アリストファーネスからベケットまで各国の演劇に学び
ながら、新しい現代劇を創ろうという姿勢の中にアラブの伝統を見る思いがし
た。


※画像はアラブ イスラーム学院のサイト『アラブマガジン』の「アラブ案内」
http://www.aii-t.org/j/maqha/magazine/guidance2007f/index.htm)にてご
覧いただけます。


             筆者:阿部政雄
             転載:「アラブ案内」グラフ社(1980年発行)


 ★★2.詩のそよ風   ★★★★★★★★
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             【言葉は戦争の始まり】

灰の中に仄かな燃えかすを見る
そこから火が燃え上がる恐れだってある

火は小枝2本からでも燃え立つように
戦争の始まりはただの言葉なのである


 ★★3.十字軍の歴史    ★★★★★★★★
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           【第5回十字軍遠征の失敗】

 読者の皆様、第5回十字軍遠征は、ローマ教皇オノリウス3世の呼びかけによ
るもので、ムスリム国家を攻撃しなかった第4回十字軍遠征に代えるためのもの
でした。

 この遠征を指揮したエルサレム王、ジャン・ド・ブリエンヌ(ハンナー・ド・
ブリエンヌ)は、遠征軍を率いてシャムへ行き、アッカ(アッコン)をめざし、そ
こから更にドムヤート(ダミエッタ:当時のエジプト・デルタ地方の首府)へ向か
いました。そして、ヒジュラ暦615年ラビーウ=ル=アッワル月4日―西暦
1218年5月―、十字軍の陸軍と海軍はドムヤートに侵攻しました。

 そこで、父アル=マリク・アル=アーデル(アイユーブ朝のスルタン)のエジプト
副王だったアル=カーミルは、十字軍と対戦すべく出陣しました。アル=マリ
ク・アル=アーデルはシャムで病の床にあったのですが、やがて亡くなり、ア
ル=カーミルが統治権を継ぎました。そして彼は十字軍と戦い、ドムヤート(ダ
ミエッタ)を解放しました。
 それから、ナイル川西岸で彼らを攻撃し、のちに「アル=マンスーラ(勝利の
町)」として知られるようになった場所で、ムスリム軍は大勝したのでした。

 アル=カーミルはナイル川の堰を切り、水で溢れるすべての水路を開くよう命
じました。そのため、氾濫する川の水があらゆる方向から十字軍を囲み、彼らの
動きを妨げました。そのため、十字軍はドムヤートから撤退することを条件に休
戦を求めました。ヒジュラ暦618年―西暦1221年9月7日―、アル=カー
ミルはその求めを歓迎し、十字軍は船でヨーロッパへの帰途につきました。そし
て、ジャン・ド・ブリエンヌは敗北者としてシャム(シリア地方)へ帰ったのでし
た。

 こうして、第5回十字軍遠征は失敗に終わりました。そのため、ローマ教皇
は、ドイツ皇帝フリードリヒ2世に対し、前回の失敗を償う新たな十字軍遠征を
行うよう、強く圧力をかけました。

 残念なことに、その頃、統治権をめぐって、アル=マリク・アル=アーデルの王
子たちの間に争いが起こり、アル=カーミルはフリードリヒ2世に対して、エル
サレムを譲渡するという条件で、兄アル=ムウザム・イーサーとの政争における
支援を求めました。フリードリヒはその申し出を歓迎し、小隊を率いて、第6回
十字軍遠征でシャムへと進軍しました。

 しかし、皇帝がアッカ(アッコン)に到着してみると、シャムの政情は変わっ
てしまっていました。アル=ムウザム・イーサーは既に亡くなり、アル=カーミル
は、もはやフリードリヒの助けを必要としてはいなかったのです。そこで、両者
間で取引が行われ、最終的に、西暦1229年2月、ヤーファ(ヤッファ)協定
が結ばれました。その協定の条項には、10年間の休戦と、エルサレムの十字軍
への返還が含まれていたのでした。

 それでは、次回は、第7回十字軍遠征についてお話しましょう、インシャー
アッラー。


                    筆者:リハーブ・ザハラーン


 ★★4.アラブとの架け橋   ★★★★★★★★
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  エジプト・アラブ共和国大使館 文化・教育・科学部 文化参事官

       【カラム・ハリール氏 インタビュー 2】

 エジプトとサウジアラビアの大学で長年教鞭をとられ、現在はエジプト・アラ
ブ共和国大使館文化参事官としてエジプト文化紹介に努めていらっしゃるカラ
ム・ハリール氏。

 前回に引き続き、氏のご専門である日本の近・現代文学について、お話を伺い
ました。

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Q1.日本文学の特にどのような点に惹かれますか?

A:
 アラブにはない日本人の自然観です。アラブの文学モチーフは“月と駱駝と砂
漠”ですが、日本は花であったり緑豊かな自然であったり、私たちのものとは背
景が全く違います。日本文学はアラブとは違う自然観、いわゆる春夏秋冬に基づ
いている、そのことがアラブ人にとって“美的”と感じるのです。自分の文化に
ないものに惹かれるのです。

             ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

Q2.日本の自然の情感を理解するためにはどのようなことをされたのですか?

A:
 古い日本家屋や庭園を見に行き時間を過ごしました。また、作家の家に行った
り文学の舞台となった場所にも足を運び、作家がどのように感じ考えたか想像し
ました。現在は忙しくてそのような文学散歩の時間をとることがなかなか出来ま
せん。とても残念です。

             ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

Q3.アラブ人学生に教授する際、学生の理解を深めるためにどのような点に配
慮なさっていますか? 初心者向けの教材として何を使っていますか?

A:
 2年生までは日本語の基礎を教え、3年生になって初めて文学を教えます。始
めは日本の自然のDVDを見せて季節や自然を伝え、その後文学に入っていきます。

             ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

Q4.どの作品が学生に人気がありますか?

A:
 川端康成の「伊豆の踊り子」です。日本美的であり、また恋愛も美しく描かれ
ているからです。作品のDVDを見せながら教えています。
 また私が一番好きな作品でもあります。

             ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

Q5.「一言で日本文学とはどういうものか」という問いに、アラブ人に対して
どのように説明されますか?

A:
 「美的」ですね。自然と密接に関わっている美的です。

             ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

Q6.アラブ人と日本人の文学における、類似点をお聞かせください。

A:
 詩を愛するということと、“美的”なものが好きということです。

                                 つづく


                     インタビュアー:中易誠子
                     アラブ イスラーム学院 学生


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創刊日:2004-07-07  
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