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シニアネット 『おいおい』

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シニアネット 『おいおい』    第1046号 (2011.10.16)

2011/10/16

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シニアネット『おいおい』    第1046号  (2011年10月16日)
 
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━━━━━CONTENTS━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 
巻頭俳句 農作業が過酷な労働の時代。乳飲み子に授乳する時間眠る若い母親。
社説要約 15日から21日は、新聞週間。最近の新聞の「存在」を問はれている。
身辺雑記 「終活」をスタートする。「選択と集中」徹底だろうが。その気になれない。 
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━━ 巻頭俳句 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
稲刈の母目をつぶり乳をやる     高野素十(1893−1976)

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 コンバインで、稲を刈り取る現代とは違う農村の稲刈りの風景。若い母親が、乳飲み子に授乳をする。過酷な重労働の稲刈りから解放される時間。その時間、若い母親は目を閉じて睡眠をとる。腕の中の乳飲み子の重量感が子供の存在感を表す。「乳をやる」に親子の愛情に満ちた風景である。
 農業は米つくりが、農業機械によらない時代は重労働だった。田植えー草取りー水騒動―刈り取りー稲架掛けー脱穀等。米作りは大変な重労働だった。労働力の中心の女性は特に大変だった。
 作者は取手市生まれ。東大医学部卒業の法医学と血清学専攻の医師。四Sと称された。1932年新潟医科大学の助教授になり、新潟市に住む。1953年定年退官。奈良医科大学となり奈良に住む。1954年京都に移住。1960年奈良医科大学を退く。1972年より神奈川県相模原市に移る。

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┏━━ 社 説 要 約 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 15日より、新聞週間が始まる。新聞のありようが問われている。答えらしい答えを引き出せないもどっかしさがある。

┏━━ 社説要約(朝日新聞)━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
15日;(1)震災と新聞―必要な情報を届ける
『あの日から、新聞づくりに携わる私たちは「届けるべき情報とは何か」という問いを、ずっと突きつけられている。 来年創刊100年を迎える宮城県石巻市の夕刊紙「石巻日日(ひび)新聞」。大震災で輪転機が止まるなか、手書きの壁新聞を発行し続けたことで知られる。 激しい揺れを受け、記者たちは大津波警報を聞く前に、取材に飛び出した。それぞれの場所で逃げ延び、孤立しながらも、情報を集め続けた。それを持ち寄り、ペンで書き出した。 3月12日から6日間の号外の大見出しはこうだ。「日本最大級の地震・大津波」「各地より救難隊到着」「全国から物資供給」「ボランティアセンター設置」「支え合いで乗り切って」「街に灯り広がる」。圧倒される事実を、記者たちは目の当たりにする。だが、壁新聞に書ける分量は1千字に満たない。葛藤の末に決めたのが、被災者の混乱を避け、その行動と心を先導するために必要な情報と希望を、届けること。避難所で見入る人々の不安を思い、あえて詳しい被災状況に踏み込むのは避けた。それがよかったかどうか、自問自答は続く。いきさつは近江弘一社長と記者らが書いた本「6枚の壁新聞」に詳しい。 
 あの日から、私たちは厳しい批判にさらされている。福島原発事故の深刻さを、きちんと伝えたのか。日々の動きを追うのに精いっぱいで、政府や東京電力が公表するデータや見方をそのまま流す「大本営発表」になっていないか。 放射能の危険性を、どう評価し、いかに報道するのか。わからないこと、不確かなことを、どんな記事にすべきなのか。その難しさと、いまも日々、向き合っている。 
 あの日から、私たちは何度も自省している。 「3・11」の前にその危険性を報じ、対策を促せなかった責任は免れない。忸怩たる思いを込め、7月に社説特集「原発ゼロ社会」を載せた。起こりうる事態を見すえて、これからもさまざまな提言をしてゆく。 あの日から、7カ月余り。 石巻日日新聞の若い記者は、「震災からの復興は、果てしない階段を上っているようだ。多くの人に頂上は見えず、何があるのかも知らない。だからこそ情報が欲しくなる」と記す。私たちも目を見開き、耳を澄まして情報を探り伝えていく。きょうから新聞週間が始まる。(915字)。

┏━━ 社説要約(読売新聞)━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 15日;(1)新聞週間 検証を次の災害報道に生かす
『東日本大震災から7か月が過ぎた。多くの報道機関で、震災と原発事故をめぐる報道の検証作業が始まっている。読売新聞は今週、社内の「報道と紙面を考える」懇談会で、本紙の一連の報道について外部有識者らから意見を聞いた。国松孝次・元警察庁長官は「全般的に行き届いた報道だった」とする一方、「ただ情報を流すのではなく、専門記者が情報の中身を『こなして』、読者にどう行動すべきかの『選択肢』を与える記事が重要だ」と述べた。 報道側には事実を掘り下げ、冷静に伝える努力が欠かせない。上田廣一・元東京高検検事長は「原発事故に関する記事は、読者にわかりやすく書いてほしい。風評被害の拡大を監視することも新聞の役目だ」と述べた。長尾立子・元法相からも「防波堤や避難誘導などには地域差があった。津波対策の盲点を指摘し、新たな街づくりに生かせる報道を望む」との発言があった。
 いずれももっともな指摘である。読者の理解を助ける解説記事や、復興を後押しするような論説、提言報道を続けていきたい。報道各社の記者らを集めた先月のマスコミ倫理懇談会全国大会でも震災・原発報道を検証した。 ゲストの元原発設計技師は「記者側に専門知識が不足していた」と指摘した。専門記者の育成は各社に共通する課題だろう。原発事故からしばらくは、政府や東京電力の出す膨大な情報を記事化するだけで精いっぱいだった、という反省もある。当時の取材状況を分析し、非常時の報道のあり方を考える必要がある。読売新聞の世論調査では、新聞の震災・原発報道を「評価する」と答えた人は73%に上った。
 一方で、新聞報道全般について「信頼できる」とした人は1年前から7ポイント下がり、80%だった。この数字を真摯に受け止めたい。日々の報道を点検し、課題や反省点を洗い出して紙面作りに反映させていくことが大事だ。 きょうから新聞週間。日本新聞協会が選んだ今年の代表標語は和歌山市の会社員、田中克則さんの「上を向く 力をくれた 記事がある」だ。そんな記事を一本でも多く、読者のもとへ届けたい。(848字)。

┏━━ 社説要約(毎日新聞)━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
15日;(1)新聞週間 震災と向き合い続ける
『土ぼこりを巻き上げながら宮城県沿岸部を襲い、防風林を越えて住宅をのみ込んでいく大津波。本社ヘリに乗っていた毎日新聞東京写真部の手塚耕一郎記者は、無我夢中でシャッターを切り続けたという。
 共同通信社を通じて配信された手塚記者の写真は、国内50紙、海外約400紙に掲載され、東日本大震災の衝撃を世界に伝えた。このスクープ写真は今年度の新聞協会賞に選ばれた。目撃者として、ありのままの現場を伝えることは、報道の原点と言っていいだろう。
 未曽有の津波被害と、福島第1原発事故を引き起こした3月11日の大震災によって、新聞を含めた報道機関はその存在意義を問われた。
 総力を挙げて大震災の現場に足を運んだ検証報道で、毎日新聞は日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞にも選出された。関係者をつぶさに取材し、多角的な視点で問題点を洗い出し、教訓を提示するのも報道に課せられた重要な使命である。
 震災直後、電気の供給が止まり、通信機能がまひした。そのような中、避難所に届けられた新聞が被災者の重要な情報源として役に立ったのはうれしい。被災しながら新聞発行を続けた地元紙の奮闘に頭が下がる。河北新報や岩手日報、茨城新聞などは停電でコンピューターが作動しなくなり新聞製作に支障が出た。それぞれ災害協定を結ぶ他紙に紙面製作や印刷の代行をしてもらい、乗り切った。
 宮城県石巻市の地元紙「石巻日日新聞」にも驚かされた。停電で輪転機が動かない中、手書きの壁新聞を作って避難所などに張り出した。この壁新聞は米ワシントンのニュース博物館に展示され、同紙は先月、国際新聞編集者協会年次総会で特別賞を受賞した。そのジャーナリズム魂を見習いたいと思う。
 大災害に際して、きめ細かい安否情報や生活情報が大切であることも改めて認識した。被災地では何が不足し、どんな手助けが必要なのか。毎日新聞は、「希望新聞」を通じ、被災地と全国をつなぐマッチングを試みた。新聞やテレビなど既存メディアが、ネットやツイッターを利用し、そうした情報をより広く伝えようとした姿勢も目立った。いわゆるソーシャルメディアとの共存は、時代の流れだろう。
 原発事故はいまだに収束しない。放射線被害一つとっても専門家によって解釈が異なる。どうかみくだいて分かりやすく報道するか。試行錯誤しながら考え続けるしかない。
 「上を向く 力をくれた 記事がある」。15日から始まった新聞週間の代表標語だ。復興の力になる明るいニュースも発信を続けたい。

┏━━身 辺 雑 記━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 11月の誕生日に満75歳。「後期高齢者」にある。男子の平均余命79歳を考えると「終活」を真剣に考える時期になった。人生最後5年。傘寿(80歳)を目標に人生設計したい。生活スタイルを縮小することが当面の課題である。例えば、住環境。住居は余裕が、贅沢と認識していた。戸建て住宅に住んでいたので、団地サイズも理解してなかった。狭所恐怖症には、独特の心理的な狭窄感が伴う。こうした世間の常識が身に着いてない。狭い団地に移るには、相当の抵抗がある。独身寮の1人部屋やワンルームマンションの狭さに、馴染まない。
 身の周りの持ち物は最低限に。1/10にまとめなければならない。当面の対象は本。その都度整理して来たが、間に合わない。例えば辞書。数冊の辞書を1冊に出来ない。「昭和史」の膨大な本。全部捨てるとなると死刑の宣告に等しい。だが、最期の5年の使用頻度を考えると廃棄対象。、しないか。「終活」スタートしたがその気になれない。(400字)。
 
 

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創刊日:2001-07-23  
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