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シニアネット 『おいおい』

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シニアネット 『おいおい』 第939号 (2010.05.03)

2010/05/03

━━senior citizen net━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━2010/05/03━

    シニアネット 『おいおい』           第939号
 
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 波を待つ若者憲法記念の日       和田順子

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 3日は「憲法記念日」。海辺でサ―フィンに楽しむ若者にとり、平和も、基本的な人権も、権利と義務も関係ない。若者の真剣な眼差しは、目の前の波にある。GWのそれぞれの日の休日の意味は消えていき、ただ連続した休日の意味しかなくなった。GWのまただ中に、初夏の波にサーフィンを楽しむのは、自然の様だ。平和な風物詩である。
祝日法では「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する。」の制定の趣旨。『平和憲法』は主権在民が基本である。作者は、兵庫県生まれ。(1937− )。『絵硝子』主宰。感動を素直に表現する。
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┏━━(社説)憲法記念日━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◎「主権在民」と言えるだろうか◎
日本国憲法の前文を読んでみる。 「ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」 。主権在民である。政権交代から、8カ月。多くの国民は、本当に主人公かどうか、自問してみる必要がある。

3日;朝日社説(全)憲法記念日に―失われた民意を求めて
http://www.asahi.com/paper/editorial20100503.html?ref=any
『■すれ違う政治と国民■ 経済のグローバル化が進み、人々の暮らしはしばしば巨大な市場に翻弄される。政治にのしかかっているのが難問であることはわかる。しかし、鳩山政権の繰り広げる光景は既視感に満ち、激変する時代の挑戦を受けて立つ構えが見えない。政治とカネの問題に揺さぶられ、利益誘導体質や財源の裏付けのないマニフェストは、カネで民意を買えると思い込んでいるかのようだ。集票に躍起になればなるほど、政治家たちは民意を見失っていく。 私たちは主権者であることをやめるわけにはいかない。どうすれは再び政治とのつながりを見いだせるのか。 
 ■熟慮する民主主義 ■ とりわけ、意を用いているのは、議会への広範な町民参加だ。財政は厳しい。何を我慢し、どこに集中投資するか。町民とともに議論しないと納得が得られないからだ。 東京都三鷹市の「憲法」、自治基本条例も市政の基本は参加と協働だとうたう。それに基づいて始めたのが市民討議会だ。市民を無作為抽出し、参加を求める。応じてくれた人が現状説明などを聞いた上で議論し、合意点を探る。市民の縮図に近い人たちから熟慮のうえでの判断を聞ける。 11年度からの市の4次基本計画も、この市民討議会や地域ごとの懇談会など様々な市民参加の場で練る。市長のマニフェストに沿った資料を基に市民がよりよい形を探っていく。マニフェストは、細部まで有権者が承認したわけではないと考えるからだ。 討議会の原型はドイツにある。ナチスは選挙を経て独裁に至った。その反省も踏まえ、どう民主主義を再生するか。立案した学者はそんな思いを抱いていたという。 
■新しい公共空間を ■ 民意が見えにくい時代でもある。経済成長が続いたころなら予算も増え、支持者への利益誘導による政治にもあまり抵抗はなかったかもしれない。格差は広がり価値観も多様化した。求められる施策は地域や世代によって時に正反対になる。もちろん民意を問う基本は選挙だ。1票の格差は早急に是正しなければならない。ただ、公平な選挙のためにはさらに工夫も必要だろう。たとえば、地域間以上に世代間の利害が対立する時代にどんな選挙制度が望ましいか。世代ごとに選挙区を分ける案を提唱する識者もいる。二院制のあり方についての議論もいずれは避けられまい。 だが、公平な選挙制度が実現しても問題は残る。 
 そもそも民意とは手を伸ばせばそこにあるものではない。確固とした意見や情報を持たない人々が、問題に突き当たってお互いの考えをぶつけ合いながら次第に形成されていく。であれば選挙だけでは足りない。政治と有権者の間に多様な回路を開くしかない。 
 三鷹市の「憲法」が試みているのも、そんな回路を増やすことにほかならない。三鷹市にならった市民討議会はすでに全国各地で100回近く開かれている。政府も一部で動き始めている。文部科学省はインターネット上で、政務三役と、教師や学生、保護者らが政策について議論する場を設けた。それから約2週間、書き込まれた意見は1700を超えた。国民が主権者であり続けるには、民意を育む新しい公共空間を広げ、「数」に還元されない民意を政治の力にしていく知恵と努力が必要だろう。そして、そのプロセス自体が政治への信頼を回復し、ポピュリズムに引きずられない民主主義の基盤にもなる。(1345字)。 

3日;読売社説(全);憲法記念日 改正論議を危機打開の一助に
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20100503-OYT1T00009.htm
『こうした時だからこそ、国の統治の基本を定めた憲法の問題に立ち返ってみることが必要ではないか。政治や経済の危機的な状況を打開する一助になるはずだ。
 ◆憲法審査会を動かせ◆ 今月18日、憲法改正手続きを定めた国民投票法が、同法成立後3年を経てようやく施行される。これからは、いつでも憲法改正原案の国会提出が可能になる。だが、国会の憲法審査会が動いていない。衆院は審査会を運営するための審査会規程を定めただけだ。参院に至っては規程すらない。民主党の西岡武夫参院議院運営委員長が「違法状態」と言っている。最大の責任は、政略的思惑から改憲論議を棚上げしている民主党にある。さらに改憲を党是としながら、推進力を欠く自民党の責任も否めない。憲法に改正条項があるのに、手続き法を作ってこなかった国会の“不作為”は解消されたが、審査会始動をサボタージュしていては、不作為の継続に等しい。
 ◆気がかりな憲法解釈◆気になるのが、与党・民主党による独自の憲法解釈だ。小沢幹事長らは、永住外国人への地方参政権付与について積極姿勢をみせている。憲法の国民主権に照らせば、憲法15条の公務員を選定・罷免する権利の保障は、日本国籍を持つ「日本国民」を対象とし、外国人には及ばない。この判決の本論こそ尊重すべき考え方である。民主党は「地域主権国家」を目指すとしている。憲法で明記した「主権」の意味の一つは、国家の統治権だ。「地域主権」という表現は、国の統治権を地方に移譲し、連邦制に移行するかのような誤解を与える。不適切な用い方だ。
 菅副総理は国会で、「憲法には三権分立という言葉はない。国会は内閣を生み出す親。国会と内閣は独立した関係ではありえない」という趣旨を述べている。しかし、憲法は各章に「国会」「内閣」「司法」を設けており、権力分立原則に立っていることは明らかだ。天皇と外国要人との会見は「公的行為」である。小沢幹事長は、天皇陛下と中国要人との「特例会見」問題で、そこを取り違えたうえ、「天皇の政治利用」批判を招いた。鳩山首相は、米軍普天間飛行場移設問題の処理を誤り、立ち往生している。混乱は「対等な日米関係」を唱えながら政権として確固たる安全保障政策をもたないため、という指摘は多い。
 ◆国の基本に立ち返ろう◆「対等」を掲げるなら、まず、集団的自衛権行使という憲法上の問題に正面から向き合わなければならない。今年度予算は、国債発行額が税収を大きく上回っている。財政状況は悪化の一途だ。ところが、首相は衆院議員の任期中「消費税率は引き上げない」との発言を繰り返している。しかし、これでは財政の立て直しは不可能だ。財政規律の維持をうたう条項を憲法にどう盛り込むかが、切実さを増すゆえんだ。
 衆参ねじれ国会の下で問われた参院の強すぎる権限の見直しも、さっぱり議論されなくなった。昨年衆院選の小選挙区での「1票の格差」をめぐる訴訟では、全国各地の高裁で、「合憲」判断を上回る「違憲」「違憲状態」の判決が相次いでいる。国会も安閑としてはいられない。政治の現場で、「国のかたち」や中長期にわたる政策課題をめぐる議論が衰えている。そうした議論を盛んにしていくためにも、いま一度、憲法改正論議を活性化させていく必要がある。(1335字)。

3日;毎日社説(全)憲法記念日に考える 「安保」の将来含め論憲を
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20100503k0000m070106000c.html
『●米国が作った枠組み● 憲法記念日に憲法と日米安保について考えてみたい。憲法の英語に当たるconstitutionはいわゆる憲法とともに「国のかたち」を示す。まず戦後日本の枠組みを作った米国との関係を振り返ってみよう。1945年9月2日、日本が太平洋戦争の降伏文書に調印した米戦艦ミズーリにはペリーが黒船で使用した米国旗が掲げられていた。州を示す星の数から31星旗と呼ばれる。幕末に日本開国をもたらしたペリーの砲艦外交は米国の成功体験であり、その旗を持ち出したのはいかにもマッカーサー(連合国軍最高司令官)らしい演出だった。日本を占領した米軍はこのあと絶大な権力を振るって大改革を行ったが、日本側には「第二の開国」という肯定的な言葉が生まれた。戦争で疲弊した日本人の多くが新憲法を含む占領改革を歓迎したのである。
 日本の講和は米ソ冷戦の激化、特に朝鮮戦争に大きく影響された。51年に日本は憲法9条の非武装条項を維持しつつ講和条約と安保条約を一体のものとして受け入れ、翌年独立を回復した。米軍の駐留継続は日本側の要望でもあった。交渉を担ったジョン・F・ダレスは講和直後の論文で「日本を太平洋地域の集団安全保障体制の一員として積極的に関与させる必要が生じた」と説明した。朝鮮戦争に出撃する米軍の後方基地との位置付けだったが、国際情勢を考えれば不可避だったろう。結果的に国民の支持を得たのは吉田茂首相を起点とする軽武装経済重視のいわゆる保守本流路線だった。憲法と日米安保を車の両輪として「国のかたち」を形成してきた。両者は理念として矛盾するようだが、「軍事」の部分を安保条約が補完することで憲法9条が維持されたともいえる。
 だが、歴代政権が日米安保の現実を率直に語ってきたとはいえない。例えば在日米軍基地の存在理由について、特に沖縄への基地集中について、日本の防衛以外の要素をていねいに説明してきただろうか。核の傘と非核三原則の関係についても真剣に説明してきたとはいえない。
 ●沖縄の負担軽減は急務● 憲法と日米安保について、事実に即した率直な議論をしてこなかったことのツケは大きい。今こそ隠し立てのない誠実な議論を積み上げるときであろう。最近の各種世論調査では日米安保の継続を支持する人は多数となっており議論の素地はできている。アジア太平洋地域の安全保障の仕組みを日米同盟を軸として構想することも必要になるだろう。憲法の平和主義を堅持しつつ、具体的にどのような条文や解釈が最適かも真剣に考えなければならない。
 私たちは日米同盟と、世界の平和と繁栄のための日米共同作業を支持している。しかし、冷戦後の国際・国内情勢の変化は激しい。1996年の日米安保共同宣言が「アジア太平洋地域安定のための公共財」とする「再定義」などで当面しのいできたが、今秋予定されるオバマ米大統領来日を機に、まさに「再々定義」が必要になっている。私たちはかねて「論憲」を主張してきた。現憲法の掲げる基本価値を支持しつつ、現状に合わせたよりよい憲法を求めて議論を深めようとする立場である。改憲を急ぐというより、どのような改憲が必要になるかを慎重に論議しようという世論と見ていいのではないか。21世紀の日本の「国のかたち」を練る「論憲」を進めるときである。(1348 字)。

3日;日経社説(1)憲法審査会で議論を始めよ
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE2E4E5E6E2EBE6E2E2E1E2E7E0E2E3E28297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D
『国民投票法が18日に施行され、国会が改正を発議できる仕組みが初めて整う。戦後の民主主義の礎となった理念を大事にしつつ、新たな時代にふさわしい憲法の姿について議論を深めていく時期にきている。国民投票法は本来ならば憲法施行後すぐに制定されるべきだった。憲法96条が定める改正のための手続き法が存在しなかったこと自体、国会の怠慢である。ただ憲法改正の議論を避ける空気は、今なお政界に色濃く残っている。国民投票法は2007年5月に成立し、衆参両院に「憲法審査会」が設置された。民主党は委員数や表決方法などのルール作りに慎重姿勢を示し、衆院は09年にようやく自民、公明両党の主導で審査会規定が制定された。参院がいまだに規定を設けていないのは大きな問題である。
 「平和主義」「国民主権」「基本的人権の尊重」という憲法の精神は今後も次世代に引き継いでいかねばならない。一方、各論では議論すべきテーマはいくつもある。その参院選での自民党敗北は、衆参の多数勢力が異なる「ねじれ国会」を生んだ。首相の解散権が及ばない参院が法案審議などで衆院並みの強大な権限を有していることが、政治の停滞につながった。
 政権交代でねじれは解消したが、二大政党制に近づけば政権が同様の困難に直面する可能性は高い。衆院の3分の2以上による「再可決」が使える状況は例外的であり、衆参の役割を考え直す必要がある。自民党は05年にまとめた新憲法草案で、9条を改正し自衛軍の保持と国際貢献を明記するよう提案した。「道州制」を検討する上では国と地方自治体の関係の再定義が必要になるかもしれない。
 明治憲法も現行憲法も国民は制定プロセスに直接かかわっていない。国会が今すぐ改正を発議する状況にはないとしても、様々な課題をめぐる国民的な議論は重要である。衆参の憲法審査会を少しでも早く動かし、21世紀にふさわしい憲法をつくる意識を明確にしてほしい。(786字)。

┏━━身辺雑記━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 新憲法が公布された昭和21年11月3日に、村の若者は神輿を担ぎお大騒ぎをした。戦争に行かなくて済む。これが、最大の喜びだった。新憲法は、明けて昭和22年5月3日に施行された。あの秋の快晴に、村の青年が嬉々とていた顔が忘れられない。小学生の4年生にも日本が戦争放棄したことは理解できた。戦争放棄が長期にわたりどういう意味を持つかはわからなかった。
 中学生なり、民主主義は西欧では市民革命で獲得され、三権分立が政治の基本であることを学んだ。「主権在民」の思想が、デモクラシーの基本理念だと、若い高等師範を出たての青年教師が教えてくれた。サッカーの話とデモクラシーの話が、うまく噛み合って楽しい授業だった。戦争放棄の話は殆どなく、基本的人権と主権在民の話が中心だった。昭和24年から昭和26年にかけての時代である。赤化した教師の洗礼を受けずに済んだ。感謝している。
高校では、世界史に挑戦した。西欧の近代史を勉強したかった。西洋史の授業が楽しく暗記中心だったが、市民社会の成立のメカニズムに興味をもった。新憲法は、「平和」が全ての様な誤解がある。戦後いち早く、民主化を完成して、近代国家に脱皮した事実を忘れてなならない。(500字)。

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創刊日:2001-07-23  
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