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シニアネット 『おいおい』

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シニアネット 『おいおい』 第910号 (2010.01.02)

2010/01/02

━━senior citizen net━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━2010/01/02━

    シニアネット 『おいおい』           第910号
 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━書き初め・初夢・一般参賀━━━━
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   初夢の扇ひろげしところまで        後藤夜半

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昭和34年(1959)の作。元旦の夜(2日)は、いい夢を願って宝船の絵を枕の下に敷いて寝た。「扇」は舞扇のようで、めでたい舞初めの夢を見始めた。これから、いいところに来たときに、目が覚めた。残念。「ひろげしところまで」で、惜しむ気持がよく表現された。
「作者の句の背景には、能・狂言・歌舞伎・舞等の芸能に対する造詣や古典的教養が自然と身についていた。」
(『現代俳句大事典』より)。古くは、節分の夜から立春の明け方に見る夢をさしていた。大阪市生まれ。(1895−1976)。
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┏━━(コラム)天声人語(1月1日)━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
http://www.asahi.com/paper/column20100101.html?ref=any
『通には異論もあろうが、パリ一番の小粋な場所はバンドーム広場だと思う。ナポレオン像を頂く円柱を囲み、名高いホテルや宝飾店が並んでいる。小雨の夕刻など、石畳に灯(ともしび)がにじんで大人の空気が満ちる▼近作で描いた画家笹倉鉄平さんは、「パリの持つ上品さ、高級感、エスプリ、気位の高さ、その何もかもを凝縮したような」と表現した。近くのコンコルド広場が太陽なら、ずっと小さく、しっとりしたこちらは月か。一角に、フレデリック・ショパンが39年の生を終えた部屋がある。
▼今年は「ピアノの詩人」の生誕200年だ。幼少期から、故国ポーランドでは「モーツァルトの再来」と評判だった。人柄ゆえか控えめな音で、鍵盤をまさぐるように弾いたとされる▼ショパン研究で知られた佐藤允彦さんは、曲調の本質の一つは「うつろい」だと書いた。「確かな表現の意志から始まるというのではなく、何げなく触れた鍵盤のある一音からショパンの心が開き、そこから音楽が始まり、確かな表現となって形を整えていく」▼自在に流れる旋律は心地よい。あるプレリュードを聴けば、胃薬の宣伝を思い出し、腹も気分も軽くなる。広く愛されるあのノクターンは、どこか遠慮がちに移ろう調べで心を静めてくれる▼昼から夜想曲に浸りたいような、ささくれた時代を生きる私たちだ。ショパンに限らず、おのおの「聴く薬」の二つ三つはそろえておきたい。大雪と満月で明けた2010年。太陽に元気をもらうより、月に癒やしを請う年になる予感がする。予感である。(624字)。

┏━━(コラム)編集手帳・1月1日━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/column1/news/20091231-OYT1T00856.htm
『年の瀬の商店街で親子連れとすれ違ったとき、小さな男の子が「ナミダクジ」と言った。手をひいたお母さんが「ア・ミ・ダ…」と笑った◆前後の会話を聞いていないので何の話題であったかは知らない。おさな子の唇に言い間違いから生まれ、たちまち消えた行きずりの一語が耳に残っている◆そういう言葉はないが、無理に漢字をあてれば「涙籤」だろう。真ん中を選んだつもりが、予期せぬ横棒1本に邪魔されて端っこにたどり着いたり、逆に、思いもよらぬ幸運にめぐり合ったり、人の世の浮き沈みは涙籤かも知れない。
◆あの人に出会わなければ、別の仕事を選んでいた。この町にいなかった。甘い酒の味を、あるいは苦い酒の味を、知らずにいた。誰しも過去を顧みれば、人生の曲がり角に「あの人」が立っている。年賀状という風習の成り立ちは不勉強で承知していないが、自分を今いる場所に連れてきてくれた“横棒たち”に再会する意味もあるのだろう◆つらい「辛」も、心弾む「幸」も、横棒1本の差でしかない。迎えた年が皆さんにとり、うれしい横棒の待つ感涙のナミダクジでありますように。(460字)

┏━━(コラム)春秋・1月1日━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20091231AS1K3100331122009.html
『まずは遊びぞめを。1950年元日、「若返りの妙薬」のお年玉が政府から出たとの記事が小紙に載った。なんのこと? ピンとこられたかどうか。じつは、年齢の言い表し方を「数え」から「満」に改める法律が施行されたのである。▼生まれて1歳、あとは新年に齢(よわい)を積んでいく数えに比べ、満だといつも1つか2つ少ない。なるほど若返るが、除夜の鐘を聞きながら「年ひとつ老いゆく宵の化粧かな」(高井几董)と詠んだ思いからは遠くなる。コラムニスト山本夏彦は、満で数えるという余計なことを始めて正月は旗色が悪くなったと嘆じた。
▼60年たって干支が庚寅から庚寅に一回りしてみれば、当たり前になった満年齢にはもう若返りの霊験はない。政権交代なった鳩山内閣に別のお年玉をねだろうにも、国の懐具合が気になる。それでも、正月はやはり正月である。きょうは折しも満月。厳しい寒気の中、晴れた地では未明に部分月食も拝めたはずだ。▼初日の出前の天空からのお年玉に力を授かった人もいるだろう。のんべんだらりと続く日々を想像すれば、ありがたさが分かる。「一塊の光線となりて働けり」(篠原鳳作)。そんな厳しさにあこがれつつ、ふっと息もつきたい。そして2010年に歩き出す。正月という妙薬は、その「ふっと」を与えてくれる。(530字)。

┏━━(コラム)余禄・1月1日━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
http://mainichi.jp/select/opinion/yoroku/index.html?link_id=OE001
「磨かぬ鏡」は前からも後ろからも同じ音の連なりとなる回文である。「長き夜の遠の眠りの皆目覚め波乗り船の音の良きかな」は、この歌を記した宝船の絵を枕の下に置くと良い初夢が見られるといわれた回文歌だ。だが意味は今一つはっきりしない▲民俗学者の折口信夫はこの歌はもともと眠気よけの呪文との説を述べている。吉夢を見るのに眠れなくてどうするといいたくなるが、宝船の絵そのものも良い夢を運んで来るというより、悪い夢を運び去るまじないから生まれたのだという▲室町時代には宮廷や貴族の家々で船の絵を配り、人々は除夜にそれを床の下に置いて寝た。船には旧年中の悪夢がすべて積み込まれ、元旦になると川に流すか埋められたという。船の絵にはまだ宝の山も七福神も描かれていなかったそうだ。
▲それが吉夢をもたらす宝船に変わり、正月2日夜の初夢のまじないになったのは江戸時代のようだ(折口信夫「古代生活の研究」)。悪夢を払うにせよ、吉夢を求めるにせよ、ひとまず取り散らかった現実に区切りをつけ、新しい時のページを開いてくれる年明けのありがたさだ▲振り返れば、先行きの不安が人々の足をすくませ、袋小路の悪夢に苦しんだ昨年の日本社会だ。人々は政権交代を通し新しい船による悪夢一掃を求めたが、それも現実の大波に翻弄(ほんろう)されている。その船が年末に運んできた10年先の成長戦略も、まだ紙切れに描かれた宝にすぎない▲人々の心を引きつけ、すくんだ足を前のめりに踏み出させる夢のほしい今年である。そこは吉夢を見るのに手を尽くしたご先祖をもつ日本人ではないか。「夢見る力」はきっと取り戻せる。(675字)。

┏━━(コラム)産経抄(1月1日)━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/100101/trd1001010222000-n1.htm
『石川啄木は、明治40(1907)年の元旦を、故郷の渋民村(現・盛岡市玉山区)で迎えた。年賀状と新聞に目を通すと、大根汁と塩鮭一切れだけの食膳につく。▼門松もしめ縄も、雑煮さえ用意できなかったけれど、心は、その日の空のように、晴れ晴れとしていた。3日前に、里帰りしている妻の節子が、長女、京子を出産したばかり。前年の4月から渋民小学校で務めている、代用教員の仕事も充実していた。▼人気者の啄木は、迎えに来た教え子たちと学校へ出かけ、いっしょに『君が代』を歌った。「何かは知らず崇厳なる声なり」と日記に書いている。戦前の小学校では、元日の朝式典が行われていた。きちんとした服装で登校した子供たちは、校長先生の訓話を聞いて、紅白のまんじゅうをもらって帰ったものだ。
 ▼啄木の日記にはないが、式典で『君が代』とともに歌われたのが唱歌『一月一日』だ。「年の始めの 例(ためし)とて 終わりなき世の めでたさを」。作詞した千家尊福は、出雲大社の宮司にして、東京府知事や司法大臣などを歴任した人物だ。それでも子供たちは、かしこまっているばかりではない。▼多くの替え歌の“名作”が生まれた歌でもある。作曲の上真行は、先祖代々の雅楽の家に生まれながら、洋楽の勉強にも励んだそうだ。おごそかな響きのなかに、どこか親しみが感じられるからこそ、時代を超えて愛されるのだろう。厳粛と笑顔、どちらも日本のお正月には欠かせない。▼元日の啄木宅では来客が引きも切らず、夜遅くまでカルタ遊びが続き、笑いが絶えなかった。半年もたたないうちに、この地を離れることになるとは、夢にも思わない。平成22年の日本には、どんな変転が待ち受けているのだろう。(701字)。

┏━━身辺雑記━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
子供が、欲しい玩具を手に入れるまでは、様々な抵抗手段を使う。それなのに、一度手中に収めると、その玩具に興味を失う。そして、手中にした玩具には目もくれなくなる。その子供が、政権与党となれば問題は大きくなる。まともに政権運営が出来なく、あと、100日持つか怪しくなって来た。
一方の野党も野党である。外野手のエラーで球が、外野フェンスの前に転がっている。普通に走っても、ホームインのところだが、1塁ベースから走り出さない。自民党は、屋台骨を修復しなければ再生はおぼつかない。その補修が出来ていない。怪我で、休場している状態なのかも知れない。このままでは、政治は益々複雑になり、閉塞感から脱出できなくなる。私の周囲のシニアの人たちは、「新政権には任されない。」が、多数である。新聞社の世論調査を疑いたい。新民主党連立政権が、よい政治をしているとは思えない。また、まだ50%台の支持率があるのが、不思議でならない。(400字)

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創刊日:2001-07-23  
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  • 名無しさん2010/01/03

    あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。身辺雑記、全く同感です。