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シニアネット 『おいおい』

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シニアネット 『おいおい』 第908号 (2009.12.31)

2009/12/31

━━senior citizen net━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━2009/12/31━

    シニアネット 『おいおい』           第908号
 
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 つぎつぎに子が着き除夜の家となる      福田甲子雄

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「ラジオ深夜便」の12月31日の午前4時50分ごろの「きょうの一句」である。都会に住んでいる子供たちが、新年を迎えるために家に帰ってくる。それぞれの思いを持って帰り着く。全員そろって、皆の顔がそろう。
 「ああ、家族なんだなー。」と言う感慨に耽る。子供たちには、久しぶりの郷里の自然。親には、子供たちの、明るい声のする「除夜の家」となった喜び。「つぎつぎに子が着き」に、家族のぬくもりがある。
「最近は季語から季感が消えていくのが目につくので、身辺のものをじっくり見つめ、やがて文明の進歩のもとに消えていく季語を大事に愛をこめて俳句をつくっていきたい。」(句集『風虱』あとがきより)。山梨県南アルプス市生まれ。(1927−2005)。
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┏━━(社説)回顧2009年━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◎「新しい」ということ◎
 産経新聞と朝日新聞の社説をが、並んだ。両社とも、「新しい」という概念を説いた。大いに参考にしたい。

31日;産経社説(全)回顧09 「古きもの」軽んじるな 「新」の好印象にひそむ錯誤
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091230/plc0912300234003-n1.htm
『日本漢字能力検定協会が公募して選んだ「今年の漢字」は「新」だった。今年の「新」の主役は、8月の衆院選で誕生した新政権だろう。こちらももちろん、国民の大きな期待を背負っての「新」だったはずである。民主党が308もの議席を獲得して圧勝したことや、発足当初の7割以上に上る内閣支持率を見ても、国民がいかに「新」を望んでいたかがうかがえる。
 ◆熱くなる国民性の影◆  鳩山連立内閣はそこで、マニフェストにうたった新政策を次々実行していくことになる。ところが実は、その政策の「新しさ」にこそ錯誤が潜んでいたことを、国民は今ようやく知らされたのではあるまいか。ここにきての支持率の急降下が、国民の強い失望感を反映しているといっていいだろう。 私たちはものごとをつい、大小、強弱などの対立的な概念で二分して考えがちである。「新旧」でとらえるケースも多い。その際、「新」にはプラスイメージをもち、「旧」は「古臭くて悪いもの」と決めつけてしまう心理が働くようだ。
 それゆえか、日本人は総じて「新しもの好き」といわれ、「新」に熱くなる国民性がこれまで外国の文化や技術を受容する原動力となってきた。が、その熱情は一方で、伝統文化や道徳などの「古いもの」を軽んじることにつながったのも事実だろう。 「新」の字は「あたらしい」と訓じるが、古くは「あらたし」だった。「あらたし」から「あたらし」へ変化するのに伴って、ある一つの言葉が消滅したといわれる。「惜しい」を意味する「あたらし(可惜し)」がそれで、今では「あたら(惜しくも)若い命を…」などの副詞的用法にのみ、昔の名残をとどめている。言葉の歴史に寄せて論じるなら、新政権は「旧政権時代のもの」を破棄し、何もかも「新しく」しようとしたばかりに、あたら大切なものを失ってしまった。「新=善、旧=悪」とする呪縛があったのではなかろうか。 八ツ場(やんば)ダム建設問題では新政策の実行を急ぐあまり、「古い」経緯がなおざりにされた。審議も説明も尽くさぬ強引な政治手法が国民の批判を浴びたのだった。
 「新」に潜在する錯誤が最も顕著に表れたのは、普天間飛行場の移設問題である。政府は先の日米合意を白紙に戻したうえ、方針を二転三転させ、あげくには結論を先送りした。それによって、あたら米国の信頼と日米同盟の絆を失ったばかりか、米国の核の傘で守られているわが国の安全までも脅かされる懸念が生じた。自衛艦によるインド洋での給油活動も、政府は来月15日での打ち切りを決めた。これまでの自民党政権が勝ち得た国際的評価さえも、「古いもの」として排するつもりなのだろうか。
 ◆「調和」の道を探れ◆ 中国副主席との「天皇の会見」問題では、民主党の小沢一郎幹事長が、会見の「1カ月ルール」を批判した。ここにもやはり「既存のもの=悪」を信奉する党の体質が色濃くのぞいているといえよう。子ども手当やガソリンの暫定税率にしても、新政権は「目新しさ」を打ち出そうとしたものの、結局は財源難という現実の前で行き詰まった。「新味」を打ち出すことは確かに「新しもの好き」の国民の歓心を買いやすいが、現実に立脚しない「新」は単なる空論でしかない。
 発足から100日余を経た政権は、いったいどの方向に進もうとしているのか。新と旧、与党と野党、政と官などを対立項としてとらえるだけの現在の姿勢では、さらに混迷は深まるだろう。古くても善いものは踏襲する「調和」の道を探ることも必要ではあるまいか。いま一度、「温故知新」の教えに学ぶべきである。年が明ければ今度は、日本の政治を国民が“仕分け”する番となるだろう。鳩山由紀夫首相、覚悟はよいか!(1495字)。

1日;朝日社説(全)チェンジの09年―明日に向け変革の持続を
http://www.asahi.com/paper/editorial20091231.html?ref=any
『変るのは大変なことだ。これまでの習慣や生活を変えて、新たな暮らしを始める。変えようと継続する意志の強さ。生半可ではできない。 
 ■やりきれない閉塞感■ 2009年は大変革の年だった。世界、日本で変化、変革が実現した。しかし、いま「変わることとは何だろうか」と皆が考え込んでもいる。米国では「チェンジ」を唱えるオバマ氏が大統領に就任した。 時あたかも歴史的な危機の中だった。軍事力と並び覇権国の力の源泉だった金融力が、まさに内部から溶解現象を起こしていた。原因は自業自得とも言える強欲だ。 世界大恐慌の二の舞いとなる寸前のうねりを押しとどめ、米国を立て直す期待を担って登場したのは、伝統的なエリート層やウォール街の出身者ではない。ケニア人留学生の息子にして初の黒人大統領。日本では自民党が権力の座から転がり落ちた。ばらまきを支えた好況は過去のものとなり、残っているのは巨額の国家債務だ。
 国民に豊かさの実感はなく、格差は広がり、若者が希望を持てない社会だと誰もが言う。やり切れないほどの閉塞感を何とかしたい。 
 ■報われる社会へ ■ 変化、変革の風を受けて政権についた2人は、その言葉の重さを十二分にも意識していたろう。「世界が変わったのだから、それに伴って私たちも変わらなければならない」。1月の就任演説でオバマ氏は米国民、そして世界に呼びかけた。 鳩山氏も10月の所信表明演説で「現在、内閣が取り組んでいるのは『無血の平成維新』だ。国のかたちの変革の試みだ」と述べた。
 そもそも、変化や変革とは一体何だろうか。中国文学者の白川静氏によると「変」は神への誓いの言葉を入れた器を打つことを表す文字で、改めるの意味になる。「革」は頭から手足までの全体の皮をひらいてなめした形で、生の皮とすっかり異なる姿を示す。従来の約束を破り、様変わりすることだ。20年前、冷戦が終わって世界は様変わりした。しかし社会主義に勝ったはずの資本主義はいま、袋小路に入り込んでしまった。時代は、ひどくあいまいで、立ちすくんでいる。 「ここから私たちはどこにいくのか。そして何をすべきか」。
 もうひとごとではない、と感じ取った人びとが、その答えを「チェンジ」と、その先に求めたのではないか。 私たちの前には、変えるべきものが山のようにある。地球規模の問題としてはオバマ氏が提唱し、共感の輪を広げた「核なき世界」。先のデンマーク会合で先進国と途上国の対立があらわになった「地球温暖化対策」 
 日常生活を見れば、急速に進む少子高齢化がある。衰退の危機が声高に語られ、そこに変革の課題もある。土建国家から、弱者も安心して住める福祉社会への転換。格差から、働く意欲のある人が等しく報われる社会へ。そして、戦後の安全保障の負の部分を、沖縄という一つの県と住民に担わせてきた現実をどうするのか。 核なき世界とは圧倒的な抑止力を自ら放棄することだ。その代役を何に求めるのか。通常兵器の軍拡、通常戦争の蔓延になっては元も子もない。 
 ■負担を分かち合う■  地球温暖化問題も、CO2を先食いして成長を遂げてきた先進国という既得権者と、これから豊かになろうとする途上国とが折り合う方法を編み出さねば、世界の未来は展望できない。「コンクリートから人へ」。日本の国造りの転換を掲げる民主党の問題意識は、国民の支持を集めた。人間の安心、安全のための社会保障制度や、小さくても役に立つ福祉施設などは、おろそかにされてきた。国の資源配分の構造を思い切って変える時だ。しかし、地方経済は公共事業に依存し雇用も支えられてきた。国造りのベクトル転換で、新たな産業を生み出すようにする知恵と工夫がいる。 弱者も安心して住める社会の実現には、富める者がこれまで以上に負担する必要がある。非正規雇用を減らすには、正規雇用者の賃下げやワークシェアリングの議論も避けられない。苦労や痛みを分かち合うことで、私たちの明日を作る力も生まれてくる。 
 オバマ演説に戻る。「試練の時に、この旅が終わってしまうことを許さなかったと語られるようにしよう」。変革の決意を国民と未来の世代に伝えようとした言葉だ。私たちも果敢に挑むしかない。その先に希望があると信じて。 (1772字)。

┏━━(社説)米機テロ未遂━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◎再発防止の対策を◎
オランダのアムステルダムから米デトロイトに向かっていたノースウエスト航空機内で、男が、下着に縫いつけて持ち込んだ少量の爆薬に火をつけ、取り押さえられた。容疑者の23歳のナイジェリア人は、国際テロ組織アル・カーイダからの指示で、イエメンで爆発物を受け取ったと供述した。イエメンを拠点とするアル・カーイダ系の組織が犯行声明を出した。新たな航空機テロが続く恐れもある。各国が連携し、改めて警戒を強化する必要がある。

31日;読売社説(1)米機テロ未遂 全容解明と再発防止に努めよ
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20091230-OYT1T00861.htm
『アル・カーイダは、8年前の米同時テロで世界を震撼させたイスラム過激派組織だ。米国の攻撃で拠点のアフガニスタンから追われた後も、組織の幹部はパキスタン北西部に潜伏し、欧米などへの攻撃を呼びかけている。イエメンにもアル・カーイダが浸透し、事件の前日には、イエメン軍がアル・カーイダ系武装勢力の拠点を空爆したばかりだ。容疑者が機内に持ち込んだのは高性能爆薬PETNと、PETNと混ぜるための酸性の液体を入れた注射器などとされる。米同時テロの約3か月後に、同様の物質を靴底に仕掛けたアル・カーイダのテロリストが、パリから米マイアミに向かうアメリカン航空機内で点火を試み、爆破テロ未遂で逮捕されている。米捜査当局は、イエメン側の協力も得て、供述内容の裏付けなど全容解明を進めてもらいたい。
 容疑者は昨年までロンドンの大学の工学部で学んでいた。ナイジェリアの大手銀行のトップだった父親は、息子の過激な言動を懸念して米大使館に相談していた。イスラム圏の富裕層の子供が欧米に留学中、イスラム過激派に洗脳された事例の一つだろう。米政府は、容疑者を、テロ関連データベースに登録していたという。それなのに、なぜ、米国行きの飛行機に何のチェックも受けずに乗り込めたのか。せっかくの情報も、活用されないのでは意味がない。オバマ大統領が、運用の再検討を指示したのも当然である。容疑者の最初の搭乗地ナイジェリアの空港と、乗り換えたオランダの空港の保安態勢も甘かった。なぜ爆発物を発見できなかったのか、厳しく再点検すべきだ。国内の各空港で、米国便の乗客への保安検査が厳格になった。テロ防止には、やむを得ない。(688字)。

30日;朝日社説(1)米機テロ未遂―悪夢の再現を防ぐには
http://www.asahi.com/paper/editorial20091230.html#Edit1
『容疑者はナイジェリア国籍の若者で、イエメンで最新の高性能爆発物を受け取り、下着に仕込んで米機に搭乗したが、起爆に失敗した。米国の人口密集地の上空で米機を爆破するよう指示された、と米国の捜査当局に供述しているという。 犯行声明は、米国がイエメン政府と進めているアルカイダ掃討作戦への「報復」だと主張し、米国民へのさらなる攻撃も予告している。 旅客機を破壊できるような爆発物が、空港の検査をすり抜けて機内に持ち込まれていたことは衝撃だ。それが組織的なテロの一環だったとなれば、事態は一段と深刻になる。従来の安全対策を総点検し、どこに問題があったのかを調べ、穴をふさがなくてはならない。 
 休暇中だったオバマ米大統領は声明を出し、「あらゆる手段を使って、米国を脅かす暴力的過激主義の粉砕、解体、壊滅を目指す」と述べた。 標的にされている米国民の不安は想像にあまりある。恐怖心をあおって社会不安を起こすことがテロリストの狙いである。テロと報復の連鎖に陥らないよう、冷静に対応すべきだ。徹底的な捜査と、空港の安全対策などの見直しが先決である。テロに関する国際的な情報交換や当局間の連携も大切だ。  容疑者の父親は、過激主義に染まった息子の行動を心配して、事件前からナイジェリアの米大使館に相談していたという。人権に配慮しつつも、こうした情報の生かし方を改めて考える必要があるだろう。 「アラビア半島のアルカイダ」は、隣国サウジアラビアなどから逃れた過激派たちが結成したと見られている。内戦が続くイエメンのように、政府による統治が十分機能しない地域が「テロリストの聖域」になっていく。 
 過激主義を生む土壌をなくすのは容易なことではない。テロにつながる小さな動きにも、国際社会が目を光らせていかなくてはならない。(741字)。

┏━━身辺雑記━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 今年もあと数時間。年末の「回顧と展望」は、その年に対するので短期の反省である。新年の「回顧と展望」は、中長期のもので未来に対する夢。正月休みはゆったりとした時間が流れる。除夜の鐘と同時に、時間の単位が違う様に思える。正月は、非日常的な時間かもしれない。
私事だが、2005年―2009年の「5年日記」は終る。新日記は、2010−2012年の「3年日記」とした。サイズは同じなので、1日当たりの書く量が多くなる。私の日記は、メモだから穴あきだらけ。年の始めと年の終わりは詳しいが、中抜きである。それでも、日記を買ってきて、今年は続けるぞと誓いを新たにする。
<消しゴムの消し屑をわが帰納>(鷹羽狩行)。私も「掃納」にしましょうか。(300字)

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創刊日:2001-07-23  
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  • 名無しさん2009/12/31

    いつも楽しみにしております。

    2010年も宜しくお願いします。