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シニアネット 『おいおい』

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シニアネット 『おいおい』 第893号(2009.11.16)

2009/11/16

━━senior citizen net━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━2009/11/16━

    シニアネット 『おいおい』           第893号
 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━行動に役立つ情報紙━━━━━━

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 冬菊のまとふはおのがひかりのみ       水原秋桜子

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「おのがひかりのみ」に、厳しい孤独感がある。冬が深まり、木々は落葉し枯れ木になる。「冬菊」が最後に身にまっとているのは、自分の光だけという強い意思が感じられる。内面的な生命の充実感を感じさせる。この句は、作者自身の自画像といえる。
「自然の真と文芸上の真」という論文で、客観写生を批判して主観性を俳句に蘇らせようとした。昭和俳句革新の原動力になったが、有季定型を守り通した。東京都生まれ。(1892−1981)。
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┏━━(あなたはどう思いますか)━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  大阪市営の地下鉄に、幼稚園の集団が乗って来た。先生は園児を空いている席に座らせる。その前の床に、他の園児を座らせる。立たせて置くと危険だからだろ。床に座る、ジベタリアンは青年の「はやり」と誤解していた。小さい時から、「床は座るもの」と習慣づけられのではなかろうかと疑問をもった。
 私たちのまわりの乗客は、席をあけて園児とかわった。疲れた無表情な園児の顔。床に座る子はいなくなった。汗を流しながら、園児を席座らせる先生の御苦労を考えた。平気で、タヌキ寝入りをしている中年の人をみて、少々「社会的な義憤」を感じました。

┏━━(社説)天皇在位20年━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ◎「祈り」と癒しの存在◎
天皇陛下の在位20年を記念する政府主催の式典がきょう12日、東京・国立劇場で開かれた。陛下は在位10年、あるいは15年に当たり、昭和天皇の10年、15年とを比較し、平成の時代が「困難や課題を抱えつつも、平穏に過ぎたことを幸せに思います」などと語られてきた。起伏の激しい昭和のあとを受けた20年。経済は頭打ちとなり、大災害が続くなど平穏な日々ではなかった。 陛下は被災地の避難所でひざをつき、人々の手を握った。各地の福祉施設にも数多く足を運んだ。そのそばにはいつも皇后さまがいた。 、お二人の存在は大きな励ましや癒やしとなっている。

 12日;朝日社説(2)未来の天皇像考える機に
http://www.asahi.com/paper/editorial20091112.html
『 昭和の負の遺産にはまっすぐ向き合ってきた。戦跡に慰霊の旅を重ね、外国との交際の場では過去の反省を込めたお言葉を述べた。歴史の教訓を忘れがちな風潮の中で、平和を希求する姿が強く印象に残る。即位以来の海外訪問は15回に上る。皇室外交が、親善や和解に大きく寄与したことは否定できない事実だ。陛下はそのように、日本国憲法下で即位した初の象徴天皇として前例のない道を懸命に模索してきた。その「平成流」スタイルが時代の求めに合い、多くの国民に受け入れられた。
一方で私たちは、象徴天皇の役割と限界は何かを問うことを、天皇陛下に任せきりにしてきたのではないか。陛下の存在感と人柄に、ときには憲法の枠を超える期待もしてこなかったか。岡田克也外相が閣僚懇談会で、国会開会式でのお言葉に「陛下の思いが入るように工夫できないか」と述べ、批判を受けたことは、その一例だ。国事行為を除き、天皇は政治からは距離を置くのが定めだ。活発な海外での活動や踏み込んだお言葉は、政治的な思惑にからめとられる危険をはらむ。陛下の思いを尊重しながらも、憲法の理念が形骸化せぬよう、私たちは常に敏感でなければならない。
 陛下自身、即位20年に際した記者会見で、皇太子さまと秋篠宮さまが「天皇のあり方についても、十分考えを深めてきていることと期待しています」と述べた。次代を担う皇太子さまからも、考えをもっと聞きたい。 国民の側も、憲法の制約を踏まえつつ、どんな役割の天皇像を求めるか、思いを巡らせよう。将来の皇位をどうつなぐかという難問もある。女性・女系天皇を認めるかどうかの議論は、3年前の悠仁さま誕生で止まったままだ。合意形成に向け、熟議を再開したい。 (704字)。

12日;読売社説(1)敬愛される皇室像が定着した
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20091111-OYT1T01338.htm
『陛下は、現行憲法の下で、象徴天皇として即位した。常々「象徴であるという憲法の規定を念頭に置きながら国や国民のために尽くすことが、国民の期待にこたえる道であると思っています」と話されている。皇后さまとお二人で、「国民と心を共にする」という姿勢を貫かれてきた。親しみやすく、敬愛される皇室像が国民の間に浸透していった20年でもある。
陛下には様々な公務があり、多忙な毎日だ。国体や全国植樹祭など地方訪問の機会が多い。各地の福祉施設を訪ねて入所者に声をかけられ、災害現場に足を運び被災者を励まされてきた。海外を訪問して国際親善にも貢献されている。勲章受章者や外国の賓客にお会いになる回数も多い。天皇に受け継がれてきた宮中祭祀もある。陛下ご自身、こうした公務や宮中祭祀を心から大切にされているが、来月には76歳を迎える。健康面に不安がないわけではない。宮内庁は今年初め、公務の負担軽減策を発表した。皇后さまともども、お体にさわらないよう、今後とも、日程などには十分な配慮をしてほしい。
秋篠宮ご夫妻に悠仁さまが誕生してから、皇位継承問題の論議は沈静化している。新政権もこの問題に特に言及していない。先月、岡田外相が国会開会式での陛下のお言葉について、「陛下の思いが少しは入ったお言葉をいただく工夫ができないか」と発言した。与野党から「お言葉を政治的にあれこれ言うのは不適切だ」などと批判が相次いだ。皇室の政治的な利用につながりかねないという観点からの批判であり、当然の反応だ。政治家、ことに閣僚は、皇室についての発言は慎重にしてもらいたい。(655字)

12日;産経社説(全) 国と皇室の弥栄を願う 継承問題は白紙から検討を
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/091112/imp0911120501002-n1.htm
『陛下はその国民のためにひたすら祈り続けてこられた。阪神大震災(平成7年)など大災害のたびに、皇后陛下とともに現地に赴き、被災者に直接お声をかけて励まされた。
 ◆拉致に心痛められる◆ また、戦後50年の平成7年夏、広島、長崎、沖縄などを訪問し、原爆や地上戦による犠牲者を慰霊された。平成17年には、激戦地のサイパン島を訪れ、「バンザイクリフ」で皇后さまとともに深々と頭を下げられた。その一方、陛下は宮中祭祀を通じ、国民の安寧と豊穣(ほうじょう)を祈られている。どれだけ国民が勇気づけられたか計り知れない。 陛下は会見で拉致問題にも言及され、拉致が行われた当時の日本人がそれを認識せず、「多くの被害者が生じたことは返す返すも残念なことでした。それぞれの人の家族の苦しみは、いかばかりであったかと思います」と被害者家族を思いやられた。皇后さまも7年前、拉致問題で「驚きと悲しみとともに無念さを覚えます」と述べられている。両陛下のお気持ちをしっかりと受けとめたい。拉致問題解決は国民すべての願いである。政府は一層努力してほしい。
 陛下は皇統問題では、こう述べられた。「皇位継承の制度にかかわることについては、国会の論議にゆだねるべきであると思いますが、将来の皇室の在り方については、皇太子とそれを支える秋篠宮の考えが尊重されることが重要だと思います」。現行の皇室典範は男系男子皇族を皇位継承者と定めている。秋篠宮ご夫妻に長男、悠仁さまが誕生される前は、秋篠宮さまより若い男子皇族がおられず、将来の皇位継承が難しいと思われていた。
 ◆皇族の裾野広げたい◆ 悠仁さまを加えても、皇位継承権を持つ男子皇族は7人だけで、将来は依然、不安定だ。有識者会議の結論を白紙に戻し、皇室や歴史に詳しい専門家らによる検討が必要である。時間は十分ある。安易に女系天皇を容認する前に、旧皇族の皇籍復帰や養子制度の導入など男系維持のためのさまざまな方策が考えられる。皇族のご公務の負担を軽減するためにも、皇族を増やし、裾野を広げることが必要ではないか。
 先の衆院選で民主党や社民党などによる連立政権が誕生したが、自立への歩みを後戻りさせるようなことは避けるべきである。韓国が日韓併合100年にあたる来年、天皇のご訪韓を希望しているといわれる。現時点では、政治利用される恐れもあり、慎重な対応が求められる。天皇は国民のために祈り、国民は天皇に限りない敬意と感謝の念を捧げてきた。それが日本の歴史である。天皇と国民の絆の強さを改めて肝に銘じるとともに、国と皇室の弥栄を願ってやまない。(1067字)

12日;毎日社説(1)「象徴天皇」へ実践重ね
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20091112ddm005070099000c.html
『この20年はたゆまず「象徴天皇」のあり方を求め、実践を積み重ねられた年月だった。それは平成の皇室に新しい風をもたらし、そして時を経るにつれて確かなかたちを成してきたように見える。陛下は象徴天皇制の現憲法下で初めて即位した天皇であった。しかし、象徴天皇といっても必ずしも成熟した概念ではなく、そのまま引き継ぐものが用意されていたわけではない。昭和天皇は統治の主権者から象徴天皇へと制度転換をはさんで在位した。「開かれた皇室」が進められたが、国民のイメージには「君主」的なものも一部重なっていた。その意味で陛下は皇室の新しい時代を開く立場にあった。
 陛下は今回の記者会見でこの20年について「まず浮かぶのはベルリンの壁の崩壊(1989年)です」と振り返る。今に至る世界の激動の転換期に皇位継承が重なった。 行動は多岐にわたる。平和を祈り、人々の幸福を願う象徴天皇の原点に立ち、戦争犠牲者慰霊の戦跡巡りを国内外に続ける。友好親善の海外訪問は即位後でも30カ国を超えた。障害者スポーツの振興などハンディを負う人たちの支援に熱意を注ぐ。
 過去の皇室の慣習、発想と相いれないこともあった。例えば、被災地や福祉施設で皇后さまとひざを屈し人々の中に入り、手を取り話をするという光景は当初周囲を驚かせた。また国民体育大会や植樹祭など行事であいさつがあった時は、原稿は自ら何度も書き直し、深夜に及ぶことも珍しくなかったという。この20年、世界は冷戦終結、情報化、民族・宗教対立とテロ、環境破壊と飢餓など難題があふれる。日本も少子高齢化、不況と就職難など政治経済とも不安定感の中にある。
 会見でこの現状と将来について見方を問われた陛下は「むしろ心配なのは次第に過去の歴史が忘れられていくのではないかということです」と答えた。そして「昭和の六十有余年は私どもにさまざまな教訓を与えてくれます。過去の歴史的事実を十分に知って未来に備えることが大切と思います」という考え方を示した。過去を切り離さず、その痛ましい教訓を常に忘れず生かす。この姿勢がまた大きな特徴といえるだろう。一方、将来の安定した皇位継承システムなど皇室をめぐる課題は少なくない。次の時代はさらに新しい皇室のありようが求められるかもしれない。国民が皇室のあり方を考え、広く論じ合うことが肝要だろう。(965字)
11日;日経社説(2)「象徴天皇」を形にした20年
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20091110AS1K1000410112009.html
『「つねに国民とともにあり、国と国民のためにつくす」という新しい天皇像が定着しつつあることに誰もが気づくだろう。天皇陛下と、陛下を支えた皇后陛下の歩みを振り返ると、一貫した姿勢に強い意志を見る思いがする。天皇陛下は今の憲法の下で即位した初の天皇だ。しかし「象徴天皇とは何か」に用意された答えはない。天皇陛下はことし4月、「象徴とはどうあるべきかということはいつも私の念頭を離れず、その望ましいあり方を求めて今日に至っている」と述べられている。この言葉に天皇陛下の20年が凝縮している。
 平成は「内平かに外成る」「地平かに天成る」という中国古典の文言から、内外、天地が平和であれとの思いを込めてつけられた元号だ。しかし、この20年が平らかだったとは、とても言えない。バブルの絶頂と崩壊、その後の「失われた10年」があった。雲仙普賢岳噴火、阪神大震災などの災害もあった。鳩山由紀夫首相は平成で15人めの首相だ。政治が不安定だった証しである。少子高齢化は進み、昨年はリーマン・ショックが襲った。こうした中、「国民が何を期待しているか」を思い続ける天皇陛下の姿勢にはブレがなかった。被災地や福祉施設でひざをついて人々に声をかけられることに、いま違和感を持つ人はほとんどないだろう。しかし、天皇がひざをつく姿など想像できない時代があったのである。戦没者の慰霊を通じ平和への思いを示すことや即位後32カ国に上る外国訪問なども含め、陛下は積極的な行動によって象徴天皇像を作りあげてこられた。その像は国民の期待に合致していると言っていいだろう。(657字)

┏━━身辺雑記━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  シニアは、健康のために笑えという。笑うことは大切である。しかし、笑ってすまされない場合がある。人間は、社会的な動物であるから、人と人とのかわり合いの中で生きている。社会という組織では、そこで生きいくためには、衝突が避けられない場合がある。人生は、格闘競技のようなところもあるから、生きている限り「ぶっかる」ことがある。シニアにも、相撲のような裸のぶっかり合いが必要なことがある。
ボランテイア活動をしていて、闘争心丸出しで、現役時代より激しい争いをすることがある。へなへなと折れると、相手には無視されてしまうからだ。存在感を主張するためにも、真っ赤になって演技をして怒ることが、有効なこともある。社会的な動物であるだけに、存在感の表現としての「怒り」が必要だ。社会的な正義のためには、「怒れるシニア」になる場合もある。まだまだ、物分かりの良いシニアでは済まされない。生きることは、怒ることかも知れない。(400字)。 

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創刊日:2001-07-23  
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  • 名無しさん2009/11/17

    いつもありがとうございます。