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シニアネット 『おいおい』

俳句。俳句はすばらしい。俳句を語りあいましょう。

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(NO 749-2008.08.07)シニアネット『おいおい』 第749号

2008/08/10

━━senior citizen net━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 2008/08/09━━


    シニアネット 『おいおい』        第749号
 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━行動するシニアの情報紙━━━━━━

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  彎曲し火傷し爆心地のマラソン             金子兜太

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  63年前の9日午前11時2分、長崎市にプルトニューム型の原爆が投下された。昭和33年—35年の日本銀行長崎支店勤務時代の作。「爆心地」の焼け跡に、どんどん新しい家が建つ。生と死の同居している風景である。時間を経た2つのイメージを結合して,映像とリズムを重ね上げていく。
「彎曲し火傷(かしょう)」した「爆心地」は、都市機能がいっさい消滅する。「爆心地」の惨状を強烈に増幅させる。生の代表の様な「マラソン」の一行が、「爆心地」で崩れ落ちるような風景の中を走り去る。この2つのイメージがオーバーラップする。イメージを重層させる造形方法が、使われている。
『生物・無生物を問わず深いい傷を刻み込んだ原爆への忿懣、それでも逞しく街を復興する人間の胆力等、重層的な詩的構造が卓越。』(「現代俳句大事典」より)。埼玉県生まれ。(1919−  )。

┏━━戸塚洋二氏の最期━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ◎「もうがんばるのは、やめた」◎ 
 7月10日に、死去したと戸塚洋二夫人の裕子さんが、文藝春秋の9月号(9日発売)に、「夫と最期の時を共にして」が掲載された。要点を追ってみる。
7月2日。今回の入院は自分から希望した。翌日、病院ではパソコン好きの、データ・ベースの鬼とも思われた人も、「もうがんばるのは、やめた。」とパソコンを片付けさせた。「ありがとう」を連発する様になった。前回の対談で、修行が足りないと反省していたが、「修行の成果を最後に出せていた。」と。
 7月4日。科学者の妻だが、「あと、1日か2日」の医師の伝言をお断りした。しかし、翌朝、人工呼吸の装着の話がでると、「ああ、もうその段階なのですか」と言う。自宅のバラを絶対枯らさないようにしている。夫が、根瘤を見つけると、お前も頑張ってきたのか。」と声をかけていたから。今回は、覚悟をしていたようです。
 7月6日。人工呼吸器の息が苦しく、酸素が薄くなってきた。「いいから酸素の数値を記録しておけ」と命じ、最後の最後までデータにこだわる人でした。夜になると、全身麻酔の麻酔薬を打つ。麻酔が効かず、発作で苦しむことになる。翌朝あけ方まで続く発作の混乱の中で、「大丈夫」が最後の言葉となった。医師が注射した。安眠した。もっと静かな最期を迎えられたかも知れない。悔やまれる。
 7月9日。麻酔が効き静かに眠っていた。家族は、最期を覚悟をした。8日の夜ら、10日の午前2時まで病室に居続けた。この病室で最後の3日間、家族4人がいたのは、夫からの最後のプレゼントだったのかもしれない。「離散家族」が一緒に過ごしたことは、夫が貴重な時間を作ってくれた。
 夫の「次の人につなげ」という言葉を活かすためには、患者の「がんのデータ・ベース」を整備して、がん患者の家族にいきわたる情報になれば、看病の際、不安も軽くなるのではないか。今後の動きが進むことを願ってやみません。
 前号で、「がんを告白して逝った科学者が遺した感動の記録」の「あと三カ月 死への準備日記」は、Blogの要約である。2007年8月4日から2008年7月2日までの記録である。

文藝春秋 9月号   http://www.bunshun.co.jp/mag/bungeishunju/index.htm

┏━━北京五輪開幕━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ◎国際的な評価は如何に◎
8日に、北京五輪が開幕した。アジアでは、東京大会(1964年)、ソウル大会(88年)に続く3回目の開催だ。世界205か国・地域から約1万6000人の選手・役員が参加する。五輪史上、最多の規模である。
 「一つの世界 一つの夢」をスローガンに掲げる。

8日;読売社説(全)北京五輪開幕 世界が中国を注視している
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20080807-OYT1T00904.htm
『 今回の五輪は、中国にとって国家の威信をかけた国際イベントである。30年前に始めた改革・開放政策の成果と、国際社会での自国の存在感を内外に誇示しようとする姿勢が際立っている。
 ◆空前の厳戒下の祭典◆ 今回の五輪ほどスポーツ以外の面で、世界の注目を集めている大会もまれだ。まず、3月のチベット暴動への弾圧に国際的非難が高まり、聖火リレーは欧米諸国や長野市で大きな混乱を巻き起こした。開幕直前には、雲南省の連続バス爆破や、新疆ウイグル自治区での武装警官へのテロ攻撃などスポーツの祭典に似つかわしくない流血の惨事が続いた。少数民族問題や経済・地域の格差、役人の腐敗・横暴など中国が抱える様々な問題が、五輪開催を機に一気に噴き出した形だ。中国は大会期間中、テロ対策要員を含む警察官11万人、軍兵士3万人以上、警備担当ボランティア29万人を動員する。やむを得ない措置とは言え、空前の厳戒態勢は異様な雰囲気を醸し出している。
 ◆報道の自由を守れ◆ 報道の自由という点でも、早くも国際メディアと摩擦を起こしている。メディア・センターでは、反中国的とされる一部ホームページにはアクセスできない。国際行事でさえ、報道の自由は完全には保障されていない。加えて新疆事件では、取材で現地入りした邦人記者2人が警官に暴行を受け、一時拘束された。開会を前に、大気汚染問題や「食」の安全も懸念された。北京市では、すでに100か所以上の工場が操業を停止したり減産している。走行できる車両数を制限し、排ガス規制を進めるなど、環境対策に力を入れている。治安悪化や大気汚染は、選手たちのコンディション調整にも、微妙な影響を及ぼしている。開幕直前まで、約20か国の選手団が日本で合宿を行った。北京に長く滞在するリスクを避けたい、と語る関係者もいる。北京の選手村に入った日本選手団は、一人歩きをしないように監督やコーチから指示されている。
 ◆がんばれニッポン◆ 日本人選手は339人に上る。東京五輪を除けば最大規模だ。「金メダルを2けた、メダル総数30個以上」を目標としている。金16、計37のメダルを獲得した前回アテネ大会に迫る結果を期待したい。
当局の厳戒態勢は、競技場内にも及びそうだ。応援ルールには様々な規制がかかっている。そうした中、試合を観戦する中国人のマナーも注目を浴びるだろう。04年のサッカー・アジア杯で、中国人観客の度を越した対日ブーイングは記憶に新しい。パリの聖火リレー妨害を理由に、中国全土で反仏抗議が吹き荒れた。フランスの選手に対して、どのような反応を示すのか。国際社会は、応援でもフェアプレーの精神を期待している。

8日;朝日社説(1)北京五輪開幕—「限界への挑戦」が始まる
http://www.asahi.com/paper/editorial20080808.html
『このスポーツの祭典の魅力は、何よりも人が持つ能力の限界を競い合うことだ。より速く、より高く、より強く、である。スポーツでも英才教育が進む一方で、粗削りの才能が突然開花することがある。ジャマイカからやって来る196センチの超大型ランナーはその象徴だろう。一つの大会での金メダル獲得は、マイケル・フェルプス選手は、8冠に挑む。種目の専門化が進むなかで、その万能ぶりは驚きだ。 馬術の法華津(ほけつ)寛、八木三枝子の両選手は67歳と58歳だ。今大会で男女の最年長選手である。米国の女子競泳のダラ・トーレス選手は41歳だ。2度の引退をへて、5度目の五輪になる。 初参加の国が三つある。モンテネグロは2年前に独立を果たしたばかりだ。人口約1万人の島ツバルは、温暖化による海面上昇という大きな心配事を抱えての参加だ。太平洋からはマーシャル諸島の選手もやって来る。 
 戦争や貧困、環境問題。そんな国際社会の現実からいっとき離れて、世界の人々が4年に1度、スポーツで競い合う。そしてテレビ中継を通じて同じ時間と感動を共有する。五輪が抱える問題はある。たとえば、テレビの放映権料を当てにしての大会運営のゆがみ、選手の薬物使用などは悩みの種だ。 ギリシャでの古代五輪は1200年近く続いたが、最後は拝金主義や薬物の使用が横行し、幕を閉じたという。競技の放つ興奮を楽しみつつ、五輪の将来を考える大会でもありたい。
 
8日;朝日社説(2)北京五輪開幕—祭典が映す隣国の多難さ
http://www.asahi.com/paper/editorial20080808.html
 『五輪を催すまでに発展し、世界に受け入れられたことの誇らしさ。若いナショナリズムは最高潮に達するに違いない。振り返れば44年前、アジアで最初に開催された東京五輪に、中国は参加しなかった。それどころか、開会式の6日後、初の原爆実験を行った。米ソ両超大国との対立を深めつつ、共産中国の建設のまっただ中にあった。新中国が五輪に初参加したのは52年のヘルシンキ大会だったが、その後は台湾問題などからボイコットを続け、夏季五輪に正式に復帰したのは84年のロサンゼルス大会からだ。 東京五輪から間もなく、中国では文化大革命の嵐が吹き荒れた。そしてトウ小平時代からの改革・開放政策で、ここまでたどりついた。
 19世紀のアヘン戦争以来、西洋列強や日本の侵略を受け続けた歴史から来る屈辱感。心理的なトラウマとして今も意識の奥に潜むと言われる。五輪開催は、それを晴らす一つの機会なのかもしれない。そんな中国のナショナリズムは、ときに爆発的なエネルギーを放つ。最近では99年に反米、05年に反日、今年は反仏の大規模デモを各地で引き起こした。共産党支配をも揺るがしかねない力を秘めていると言っていいだろう。このエネルギーをどう束ねていくか。さらなる発展の原動力になれば幸いだが、暴走しだすと社会は不安定になり、日本を含めて近隣国や国際社会も安心していられなくなる。 
 北京五輪によって、中国の歴史に輝きに満ちた新しいページが開かれる。中国の人々はそう期待しているに違いない。だが、現実はそう簡単ではない。経済格差や腐敗、環境汚染など、急速な発展のゆがみが噴き出している。ウイグルやチベットの問題も内政の枠を超えた深刻さをはらむ。 日本も、韓国も、五輪開催後の道は平坦(へいたん)でなかったが、中国の大きさと発展の速度は日韓の比ではない。ただでさえ社会不安をもたらしかねない課題を山のように抱える中で、若いナショナリズムの独り歩きをどう防ぎ、建設的な方向に導いていくか。 
 日中平和友好条約の締結から30年。アジアで3度目の五輪開催を喜びつつ、13億人の隣国の多難さを思う。 

7日;毎日社説(全)北京五輪開幕 開かれた中国へのステップに 日本の新星の出現に期待
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20080807ddm005070095000c.html
『 五輪が単なるスポーツの祭典にとどまらないことを物語る象徴的な開会式となりそうだ。
 とりわけ北京五輪は、さまざまな意味で世界中の注目を集める大会となった。
 国際オリンピック委員会(IOC)が08年の開催地に北京を選んだのは7年前だ。中国国内での民主化を求める声や少数民族対策などを懸念する声もあったが、「本番までに改善する」という中国側の説明にIOCはゴーサインを出した。五輪スポンサー企業には世界の人口の5分の1を占める13億人の巨大マーケットが魅力的に映ったのだろう。中国がこの時の「宿題」を忠実に実行していれば、その後の混乱の多くは回避できたはずだ。
 ◆聖火リレーの誤算◆ 「国威発揚」の狙いを象徴したのが聖火リレー。五大陸の21都市を巡り、国内では世界最高峰のエベレスト登頂も加えた前代未聞の規模の聖火リレーは、中国の五輪開催にかける意気込みの大きさを表していた。ところが、この聖火リレーが思わぬ逆風を呼び込んだ。世界中の祝福を受けるはずの聖火は、チベット問題を巡る抗議の渦に包まれた。厳戒態勢で聖火を守ろうとしたことが、国際社会に「高慢で独善的な中国ナショナリズム」というイメージを植え付けた。
 五輪期間中、北京は世界中のマスコミが集結する情報発信地となる。中国政府は「躍進する中国」を世界にアピールする絶好の機会と期待した。だが、北京に集結した世界中のメディアは、中国側が「見せたい」と考えている姿だけを伝えるわけではない。むしろ中国政府が「見せたくない」現実を赤裸々に全世界に発信する。北京市内の深刻な大気汚染や拡大する貧富の格差。食の不安は各国選手の間にも広まった。開幕3カ月前には9万人近い死者・行方不明者を出した四川大地震が追い打ちをかけた。
 五輪開催都市とホスト国には素顔を全世界にさらけ出す覚悟と度量が求められる。少数民族対策などで、とかく閉鎖的と批判されてきた中国が今回の五輪開催を契機に「開かれた大国」に変わることができるだろうか。その一点に世界は注目している。胡錦濤主席が掲げる「和諧(調和)世界の実現」が今こそ試されているともいえよう。01年の米同時多発テロ以降に開催された冬、夏の五輪は常にテロの標的とされる危険にさらされてきた。北京五輪も例外ではない。
にテロの標的とされる危険にさらされてきた。北京五輪も例外ではない。

7日;産経社説(1)北京五輪開幕 自由あっての平和祭典
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20080807ddm005070095000c.html
『 ●真の国際標準を学ぶ機会に●  直前になって、中国内の治安への懸念が強まっている。新疆ウイグル自治区で起きた過激独立派とみられる組織による武装警察隊襲撃事件では警官16人が死亡した。北京五輪の妨害を狙った可能性が高い。テロは断じて許せないが、この事件を取材していた邦人記者2人が武装警官に一時拘束され、暴行をうけた事態は、中国がかかえる民族問題の深刻さと、人権や報道の自由に対する当局の強権的姿勢を改めて世界に印象づけた。それにしても、競技施設や選手村などが集中する五輪公園周辺の警備シフトは異様だ。周辺道路は厳しく規制され、施設出入りの荷物検査と相まって、報道陣の行動も大幅に制限されている。
 ◆尋常でない警備シフト◆  中国メディアによれば、配置された軍、武装警官を含む治安要員は11万人にのぼる。北京全体では20万人の人民解放軍兵士が動員された。市中心部に自動小銃を構える警官が配置されること自体、尋常ではない。ただ、今回の北京ほどオリンピックが巨大化しすぎ、人間の「自由」の発露という本来の五輪精神とはほど遠い姿をさらけだした例はない。北京五輪には50万人もの観戦客が訪れる見通しだ。テレビ映像は連日、北京の出来事を世界中に流す。これは、オリンピックの開催を「中華民族百年の夢」としてきた中国が、初めて経験する国際標準との遭遇だ。五輪開催に合わせ、北京市の空港や高速道路は整備され、地下鉄も新たに3路線が開通した。街の刷新は目を見張らせる。ハード面での準備は、過去の五輪をはるかにしのぐといっていい。しかし、五輪開催国の真価が問われるソフト面では、多くの課題を残したままの本番突入となった。
 ◆不自然なネット規制◆  その最たる例は、五輪報道の拠点となるメーンプレスセンターで、中国当局が好ましくないと判断するホームページへのインターネット接続がいまだに規制されている事実だ。中国当局は当初、五輪取材の報道陣にはネット規制を解除すると約束していた。にもかかわらず、規制は続行され、国際オリンピック委員会(IOC)の要望で英BBCのホームページ中国語版へのアクセスなど一部が改善されただけだ。新疆ウイグル自治区の事件のネットニュースも一時見られなくなった。チベット人権団体や法輪功などのサイトは現在も排除されている。出稼ぎ労働者はすでに地方へ退去させられた。胡錦濤国家主席は先日行った外国メディアとの会見で「五輪を政治的に利用しても、諸問題は解決しない」と述べたが、不自然に管理された五輪こそ政治利用ではないのか。
 ふつうの人々が沿道わきに追いやられては、マラソンがマラソンではなくなる。市民の人権や生活を守り、表現の自由を保障し、テロや暴動を起こさせない政治を行うことこそ五輪精神にかなう。 17日間の北京五輪が、中国の多くの人々が真の国際標準を知る機会になることをのぞむ

9日;日経社説(1)厳戒の北京五輪 開かれた中国へ弾みを
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20080808AS1K0800A08082008.html
『北京五輪が異例の厳戒態勢の下、幕を開けた。中国は21世紀の大国として国際社会に認知される歴史的節目にしたい考えだ。だが、五輪開催決定時に約束した人権状況の改善は進んでいない。五輪が平和で民主的な「開かれた中国」への転機になるのか、世界が見詰めている。中国の数千年の歴史を絵巻のように再現する華麗で幻想的な演出だったと評価したい。「ついに我々は奥運(五輪)にたどり着いた」。中国の隔週誌「世界知識」最新号はこう題する特集記事で、五輪開催は清朝の時代からの悲願だったことを紹介した。
改革・開放30周年の今年、中国は国内総生産(GDP)でドイツを抜いて米国、日本に次ぐ世界3位になる公算が大きい。8日は株価が急落したとはいえ「世界の工場」「世界の市場」として台頭してきた。胡錦濤国家主席が世界中の元首や首脳を次々に出迎える光景は、中国に皇帝がいた時代の「朝貢外交」をも想起させる。中国はアヘン戦争以来、西欧列強や日本の侵略を受けた屈辱の歴史がある。五輪を「中華民族の偉大な復興」を象徴する世紀の祭典にしたいとの思いも中国国内には強い。
メダルの数で威信を示そうとするのは五輪精神とは相いれない。「一つの世界、一つの夢」が北京五輪の合言葉である。中国が世界と調和していく新たな夢を実現するには3月のチベット騒乱で露呈した人権問題の改善、報道の自由や民主化の加速、環境保全などが大事だ。その意味で、新疆ウイグル自治区で起きたテロ事件取材中の日本人記者らが武装警察から暴行を受けたのは極めて遺憾だ。8日の北京は曇りがちで、開会式会場「鳥の巣」もかすんで見えた。平和の祭典の成功を祈るとともに、中国の透明性向上に期待したい。 

┏━━身辺雑記━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 8並びの北京五輪が開幕した。中国では、8は縁起が良いとされている。20年前の1988年8月8日は8が1つ多いい。当時、「エイトサービス」という会社名に勤務していた。漢数字は「末広がり」、横にすれば「無限大」、ボートのエイトは協力の意味。8を会社のPRに使っていた。
 折しも、奈良シルクロード博覧会。中国の珠海から70人の中国人を雇用。半年の博覧会に、飲茶の店を経営した。中国人たちが、最初に覚えた日本語は「しんどい」でした。勤労意欲の低い拝金主義者達。北京五輪を開催する国になるとは、予測できなかった。
韓国では、ソウル五輪が開催されていた。もちろん、中国はボイコットしていたが、実際は参加する余力がなかったようだ。

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