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シニアネット 『おいおい』

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(NO 739-2008.07.19)シニアネット『おいおい』 第739号

2008/07/19

━━senior citizen net━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 2008/07/19━━

    シニアネット 『おいおい』        第739号
 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━行動するシニアの情報紙━━━━━━

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 赤富士に露滂沱たる四辺かな               富安風生

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 昭和29年(1954)、山中湖に避暑中の70歳の作。湖畔の避暑は、昭和28年ごろから没年の前年まで、続いた。日の出により、20分から30分の間、富士山の肌が、赤く染まる。神秘的である。山梨県側から見える現象。溶岩地帯が真っ赤になる富士山の姿は雄々しく神秘的である。葛飾北斎の「富嶽36景」の1つ「凱風快晴」は赤富士を描く。昭和32年に、富士山麓の句会で、高浜虚子が赤富士を季語とした。
 「露滂沱(ぼうだ)たる」は、露にまみれた森羅万象のみずみずしさを表現した。風生は、赤富士を意欲的に取り組んだ。<赤富士のぬうっと近き面構へ> <赤富士をみようともろ鳥告げわたる> <赤富士に万籟を絶つ露の天> 等の作がある。山中湖胡畔に「俳句の館 風生庵」がある。愛知県一宮市生まれ。(1885-1979)。

┏━━長銀事件無罪━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◎責任はある。政治家・官僚・経営者の罪を問え◎
5紙が、一斉にノロシをあげた。裁判では無罪だが、責任の所在・責任者は誰か。その責任を追及しないのかと。10年前の、1998年に経営破綻した日本長期信用銀行(現新生銀行)の元頭取ら旧経営陣3人が、粉飾決算と違法配当の罪に問われた事件で、最高裁は逆転無罪の判決を言い渡した。決算に大きな問題はあったが、罪にまでは問えない、ということか。破綻直前の決算は、旧大蔵省が前年出した新しい資産査定基準に従わず、処理すべき不良債権を約3100億円も新基準より少なく見積もって、71億円の配当まで出した。破綻後に債務の穴埋めなどのため、7.8兆円もの公的資金がつぎ込まれた。
破綻のあと一時国有化されるのに際し、旧経営陣の法的責任を刑事・民事両面で追及する必要があるとして、後を継いだ経営陣が刑事告訴と損害賠償を求める民事提訴をした。その刑事裁判である。多くの破綻金融機関では組織の私物化や無理な追い貸しなど経営者の背任行為が追及されたが、長銀の場合は違う。不良債権の査定・処理が「公正なる会計慣行に従う」との商法の規定に合っていたか否かが問題だった。刑事・民事どちらの裁判も争点は同じこの一点に絞られた。

19日;朝日社説(1)長銀事件無罪―では本当の責任は誰に
http://www.asahi.com/paper/editorial20080719.html?ref=any
『経営者の刑事上の責任を追及するための捜査だったが、最終的には空振りに終わった。 刑事裁判とは別に、長銀の債権を引き継いだ整理回収機構は経営陣に損害賠償を求めたが、これについても最高裁は請求を退けた。これによって、長銀事件は司法の場ではすべて終わった。だが、刑事も民事も経営者が責任を問われなかったのは、ツケを負担した国民としてなんとも釈然としない。 
 長銀の破綻は、バブルに踊って転落した日本の金融界を象徴する事件である。それを生んだ問題の構図は政官業にまたがっているが、政官のだれもバブルから金融破綻までの責任をとっていない。腹立たしいことだ。せめてその教訓をくみとり、今後に生かさなければなるまい。まず政治でいえば、問題先送りの体質である。92年に宮沢首相が銀行への公的支援に言及したものの、税金投入へ世論の猛反発を受けて封印してしまい、対策を手遅れにした。時代の転換点にあっては、痛みを伴う改革でも、国民を説得して断行するのが政治の使命のはずである。
行政は、旧大蔵省から金融庁が分離独立し破綻処理制度が整備されて、形のうえでは様変わりした。ただし、サブプライム問題で揺れる米国を見れば明らかなように、巨大銀行に経営危機が起きたとき、果断に対策を打ち出すのは容易なことではない。 そして業界。長銀の決算はじつは、経営危機を表面化させずに先送りしたい大蔵省の意向に沿ったものだった。業界のこのような「お上頼み」の性癖は今日も根強く、金融革新が遅々として進まない原因になっている。危機から10年、この意識からもう脱皮しなければならない。 

19日;日経社説(1)長銀破綻の責任はどこにあったのか
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20080718AS1K1800518072008.html
『旧経営陣を有罪にした一、二審の判断はこうだった。「不良債権の早期処理を促す、いわゆる金融三法の施行を受けた、大蔵省(当時)の新しい決算経理基準・資産査定通達だけが『公正なる会計慣行』だった。これに従わずに古い基準で査定し不良債権処理を先送りした決算は、貸し倒れ損失を隠した粉飾になる」。最高裁判決はこれを覆した。新基準・通達だけが「公正なる会計慣行」だったとするには、当時の大蔵省の金融行政は穴だらけだった。そういう指摘である。
 確定した東京高裁判決は「付言」で次のような見解を表明している。「長銀の破綻は、従前の金融政策・行政の在り方にも深く関係する性質の問題である。旧経営陣を個人的に断罪するのは、法の解釈・適用の在り方の基本部分に疑問が残る」。旧大蔵省は「ハシの上げ下ろしまで」と、やゆされるほど銀行経営に細かい規制を加えてきた。その中でなぜ不良債権が積み上げられ、ついには経営破綻が続出したのか。政治家、日本銀行、各金融機関を含めそれぞれの失敗と責任はどこにあったのか。そこを公に検証する、大恐慌後に米議会に置かれた調査機関「ペコラ委員会」のような場が要る。

19日;読売社説(1)旧長銀粉飾無罪 破綻を招いた責任は残る
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20080718-OYT1T00858.htm
『逆転無罪になったからといって、経営責任まで免責されたわけではない。それを改めてかみしめてもらいたい。97年から98年は、未曽有の金融危機に見舞われ、金融行政が大きく転換した時期だ。旧大蔵省は、事前規制や指導で銀行を破綻させない「護送船団」方式から、事後チェック型の行政へと変わり、厳格な不良債権処理を求める新基準を打ち出した。裁判では、98年3月期決算にあたり、新基準だけが「公正な会計慣行」だったかが争点だった。
 東京地検特捜部が摘発した大型経済事件での無罪確定は、過去にほとんど例がない。不良債権処理に公的資金が投入された旧住宅金融専門会社(住専)の事件以降、住専の母体だった銀行への批判が強まり、「国策捜査」と言われる摘発が続いた。銀行批判という時代の“空気”に流された面はなかったか。検証が必要だろう。争点が同じ旧日本債券信用銀行の粉飾決算事件の最高裁判決にも、影響を与えるとみられる。
 ただ、今回の判決と経営上の責任は別だ。元頭取はバブル経済に差し掛かる86年、元副頭取2人も89年、取締役に就いて経営の一角を担い、不良債権を膨らませて処理を先送りした。長銀を破綻させ、金融不安を増幅させた責任は重い。銀行の不良債権処理に有効な手立てを取らず、事態を悪化させた旧大蔵省も責任を免れまい。

19日;毎日社説(1)長銀無罪判決 行政の責任はどうなったのか
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20080719ddm005070014000c.html
『最大の焦点は、97年3月に当時の大蔵省が出した資産査定通達だった。各銀行に貸出先の健全性などに応じて債権を分類させ、分類ごとに将来の損失に備える引き当てを促すものだった。この通達が、当時、唯一の公正な会計基準だったか否かが争われた。粉飾が指摘された長銀の98年3月期決算は、この通達後、最初の決算だった。最高裁は、問題視された関連ノンバンクの不良債権処理についても、当時は一般的だったと指摘し、違法性を否定した。
 だが「日本発の金融恐慌は起こさせない」という政治や行政の号令のもとで、不良債権は各行の体力に応じて処理していけばよいとの認識がまだ一般的だったころだ。大手各行への公的資金投入を決めた審査委員会で長銀の経営健全性が問われた際、当時の蔵相と日銀総裁は「債務超過ではなく、不良債権は今後の収益で十分対応可能」と答えていた。破綻銀行の国有化などを定めた金融再生法もまだ存在しなかった。長銀の元経営者に、バブル期の乱脈融資で不良債権の山を築き、その処理を遅らせた責任は当然ある。だが、「護送船団式」の保護行政により、長きにわたって銀行の甘い自己管理を許してきた行政と、行政任せにしてきた政治の責任こそ、最も問われるべきだ。
 長銀は、破綻銀行の経営陣に対する刑事、民事両面からの責任追及を求めた金融再生法の適用第1号だった。巨額の公的資金を投入する以上、誰かを罰しなければならないといった空気はあっただろう。しかし、元頭取ら3人の責任に焦点が当たる中、解明すべき行政責任はあいまいなまま放置された。逆転無罪の判決と10年の歳月が、あの破綻は何だったのだろう、ともう一度問いかけている。

19日;産経社説(1)旧長銀無罪判決 裁量行政の欠陥こそ問題
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080719/trl0807190308000-n1.htm
『この事件は、東京地検特捜部が手がけた経済事案として当時、注目されたが、最高裁で1・2審の有罪判決が覆されたのは異例のことである。それだけに、検察当局には捜査手法の反省を迫る判決とも受け止めたい。「1・2審判決は、事実を誤認して法令の解釈適用を誤った。破棄しなければ著しく正義に反する」と下級審の判決を厳しく批判したのはうなずける。旧長銀は当時、経営破綻を避けるために国内外の銀行と業務提携を旧大蔵省と模索していた。不透明な裁量行政が、経営者個人の責任に転嫁される弊害と責任を行政当局は重く受け止めるべきだ。ただ、旧長銀、旧日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)と続いた大型金融破綻は、金融行政をより透明性の高いものに変える転機にもなったのは評価できよう。

┏━━身辺雑記━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 コソ泥を捕まえて、大泥棒を逃がす。これが、現代の論理なのか。今回の旧長銀の最高裁の判決で怒りたい。日本経済を破綻させた大型金融破産の経営責任は問わないとは。その対策を怠った旧財務省の行政の責任も問わない。勿論、日本銀行の放置した政策責任もない。政治家は真っ先に責任逃れをした。その大きなツケは、税金の形で国民に押しつけた。押しつけた大泥棒は姿を消した。
バブル期に乱脈融資で不良債権の山を築き、その処理を遅らせた経営責任はないのだろうか。無罪は無いだろう。また、「時効」の保護の下に、罪を問われない者もいる。隠れ蓑の中に隠れて、いつの間にか姿を消した。失敗を科学することが、再発防止になるのではないか。

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