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シニアネット 『おいおい』

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(NO 716-2008.05.15)シニアネット『おいおい』 第716号 )

2008/05/15

━━senior citizen net━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 2008/05/15━━


    シニアネット 『おいおい』        第716号
 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━行動するシニアの情報紙━━━━━━

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 白丁らの顔の小さき賀茂祭              後藤夜半

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15日は京都の上加茂(別雷命が祭神)と下加茂(玉依姫)の2社の大祭。勅使や斎王代の一行が、牛車、輿などを連ねて、御所を出て下鴨神社に向かい、社頭の儀のあと、午後加茂川右岸を上賀茂神社に入る。行列は、検非違使、山城使、乗馬の勅使、牛車、内蔵使、斎王代といった順になる。同日、古例により、「懸葵」という葵の葉を衣冠や車の簾に掛けたことに、祭名の由来がある。
枕草子や源氏物語に詳しく記されているが、この祭りを「祭」と称した。京都の3大祭りの1つ。豪華な中にも平安の典雅を見ることができる。新緑の都大路を練り歩く行列は、王朝絵巻の様である。「白丁(よぼろ)」は、下級役人で、脚力を要した労役の成年男子。(『古語例解辞典』より)。大阪市生まれ。(1895−1976)。

┏━━四川大地震━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◎人命第一である。「自立更生」もほどほどに◎
中国四川省ブン川県を震源とするマグニチュード7・8の大地震は、阪神大震災の20倍というエネルギーを持った。 四川省を中心に50万棟もの建物が倒壊し、1万人以上の生命が失われた。さらに多くの人たちが生き埋めになっているという情報もある。建物の下敷きになり、この瞬間も必死で痛みと不安に耐えて、助けを待っている人がたくさんいるに違いない。 地震で多くの救出経験を持つ日本などが救援隊の派遣を申し出ているが、いまのところ中国は受け入れていない。中国がこれまで自然災害で外国の救援隊を受け入れたことはほとんどない。自力で危機を乗り越えたいという思いとその自信もあるのだろう。しかし、今回の被害の規模はすさまじい。一人でも多くの生命を救うには、多くの人手と一刻も早い救出が必要だ。中国政府は日本からの5億円相当の支援を受け入れたが、救援隊についても早急な決断を求めたい。
中国指導部は、今回の地震発生以降、素早い動きを見せている。温家宝首相が直ちに成都入りし、現地に対策本部を設置した。胡錦濤総書記も、最高意思決定機関である党政治局常務委員会を緊急に開催し、救援活動に全力を挙げるよう指示した。これは3か月後に北京五輪開幕を控え、国民の間に動揺が広がることを抑えるためだろう

14日;朝日社説(1)四川大地震―今も救出を待つ人がいる
http://www.asahi.com/paper/editorial20080514.html
『 中国でこれほどの地震被害が出たのは、76年に河北省で起き、24万人が死亡した唐山大地震以来だ。中国も地震が比較的多く、特に四川、雲南省などの西南部に集中している。活断層で起こる地震が目立ち、今回も活断層型と考えられている。地震発生と同時に、中国は兵士を大量に動員した。温家宝首相が現場に駆けつけ、陣頭指揮をしている。 そうした素早い反応の背景には、北京五輪を控え、社会の動揺を最小限にとどめたいとの思いがあるだろう。震源地がチベット人の多い地域であるため、救援に手を抜いたと見られたくないという判断も働いたはずだ。3月には、この地域でも騒乱があり、警官隊が発砲した。中国当局とチベット人住民の間にはまだ溝があるだろうが、わだかまりをほぐすためにも、被災者の救援に全力を注ぐことが大切だ。 
 被災地の写真や映像を見ると、阪神大震災を思い出す。近代的ビルは持ちこたえ、古い建物が崩れている。崩れた中に、学校が多いのが痛ましい。 崩れ落ちた建物からの救出は、最初の3日間が肝心だと言われる。 それについては、日本も阪神大震災で苦い経験がある。フランスやスイスなどから救援の申し出があったのに、返事が遅れたため、ほとんどの救援隊が着いたときには、すでに3日がたっていた。中国には同じ過ちを繰り返さないでもらいたい。外国からの救援隊を受け入れるのは、国と国との信頼を深めることにもなる。もうすぐ発生から2日が過ぎる。 

14日;読売社説(1)四川大地震 北京五輪を控えての惨事
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20080513-OYT1T00755.htm
『四川省は、先のチベット自治区で起きた騒乱が波及し、軍や武装警察が出動して、弾圧に当たった地域だ。今回の救援活動にチベット族たちがどう反応するのかも気がかりな点だ。中国メディアは発生直後から、現地の被災状況を克明に報じている。ミャンマーのサイクロンの被災状況の把握や、支援体制が混迷する中で、内外の目を気にしているのだろう。
 今回の地震被害が集中したのは、改革・開放の中、経済成長に乗り遅れまいとする内陸地帯だ。中国では、犠牲者24万人と最悪の惨事となった唐山地震(1976年7月)を契機に、全国的に建造物の耐震基準が設けられた。しかし、こうした基準の適用が経済建設を優先させるあまり、なおざりにされ、それが今回の建造物倒壊につながった可能性が専門家によって指摘されている。地元行政当局者たちの防災意識の不足もあっただろう。都江堰市や、四川省に隣接する重慶市では、数か所の小・中学校の校舎が崩壊し、多数の児童が生き埋めになった。学校の校舎などは、手抜き工事が崩壊の原因ではないか、とも言われている。震源に近い什ホウ市では、化学工場が倒壊し、数百人が下敷きになったという。綿竹市では、土砂崩れや家屋の倒壊などで約2000人が死亡、1万人以上が負傷したと伝えられる。救出作業は難航しているという。
 日本は今回の災害を対岸の火事とすべきではあるまい。耐震構造がきちんと施されているわが国の小・中学校や病院施設は、全体の6割前後にとどまっている。耐震補強工事を一層進めて行く必要がある。

14日;毎日社説(2)四川大地震 一人でも多く生存者を救え
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20080514ddm005070078000c.html
『被災地近くで最近チベット族の暴動が起きたために、外国の支援を尻込みしているのだろうか。なんとも痛ましいことに、建物の倒壊による生き埋めが学校や病院など公共建築に多く、子どもたちが犠牲になった。中国の古い建物はレンガ積みで、構造的に耐震性が極めて弱い。それだけでなく、最近の拝金風潮で地方当局が教育への投資を怠り、校舎の老朽化を放置していたり、新築でも「おから工事」と呼ばれる手抜き工事の横行が問題になっていた。そのような社会的要因も被害を拡大したかもしれない。
 震源地は、四川省のなかでもヒマラヤ山脈に接する「大チベット」の一部で、ユーラシアプレートとインド・オーストラリアプレートがぶつかり合う地震多発地帯だ。3月、ここより北の新疆ウイグル自治区でM7・3の地震が起きていた。四川省では今回の地震の余震で山崩れが続発している。気になるのは、電子メールなどで次の地震を予告する流言が飛び交い社会不安をあおっている問題だ。携帯電話が普及した中国では、電子メールで愛国心をあおりフランス系スーパーにデモをする事件が起きている。報道が統制されている国柄だけに、いったんメールが社会不安をあおる目的に使われたら、大きな混乱が起きかねない。
 中国は聖火リレーの最中だ。8月の北京五輪にむけて全力疾走していた。思いがけない大地震に一瞬ひるんだろうが、必ず立ちあがり、五輪も成功させるだろう。阪神大震災や新潟県中越地震が記憶に新しい日本国民は、中国国民に心からの支援を惜しまない。

14日;日経社説(2)四川大地震、国際的な救援を
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20080513AS1K1300313052008.html
『唐山地震当時、中国は文革中だったこともあり、「自力更生」を理由に国際的な援助を断った。今月、大型サイクロンに直撃されたミャンマーの軍事政権も外国救援チームの入国をかたくなに拒み続けている。中国外務省スポークスマンは13日の定例記者会見で、各国からの救援について「衷心からの感謝と歓迎の意を表明する」と述べた。現場で陣頭指揮している温家宝首相が「1秒早ければ1人の人命を救える」と救援隊員に指示したように、中国政府は速やかに国際的な救援チームなど人的支援も要請すべきだ。
 今回の被災地は3月のチベット騒乱が波及したチベット族が多い地域と重なる。チベット問題を解決するためにも、中国政府は救援・復旧作業と並行してダライ・ラマ14世側との対話を継続するよう望む。8月の北京五輪を控え、中国は今年、半世紀ぶりの大雪、そして大地震と2度の自然災害に見舞われた。くしくも地震発生当日に発表された4月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比8.5%上昇と高水準だった。今回の地震がインフレを加速する懸念もあり、中国指導部は細心の経済運営も迫られる。 

15日;産経社説(1)四川大地震 人命第一こそ国家の責任
http://sankei.jp.msn.com/world/china/080515/chn0805150331001-n1.htm
『激震地は交通が途絶した山岳地帯であるため、救援活動が難航している。中国政府は武装警察や人民解放軍部隊を万単位で投入しているが、人命救助は分、秒を争う。日米両国などは人員を含むあらゆる支援を表明した。中国政府はなぜ、これを受け入れないのか。
 地震発生から2日後の14日、震源地の四川省アバ・チベット族チャン族自治州●川(ぶんせん)県にようやく救援隊900人が入った。徒歩で30時間余りかけて現地に到達したという。生き埋め被災者の救命率は、地震発生から72時間を境に極端に下がる。食糧や医薬品、テントなども一刻でも早く届けられる必要がある。●川県の場合、悪天候のために人員や物資を運ぶ救援ヘリが使えなかったらしいが、米軍の全天候型ヘリなら初動で役に立った可能性がある。
震源地では3月のチベット騒乱の際に激しいデモが起き、武装警察の発砲もあった。こうした点も国際援助を断る理由なのか、との疑念を払拭(ふっしょく)できない。武装警察や人民解放軍は治安への対応は十分のようだが、災害救助のノウハウをもたないという。一般の国民にも防災意識が育っていないことが被害を大きくしたといえる。胡錦濤国家主席は負傷者救助と被災地住民の安全確保に「国家を挙げて」取り組むよう指示したが、これほどの巨大地震である。外国の支援を求めてもメンツがつぶれることはない。
 北京五輪をひかえ、中国が大震災にどのような人道的対応をするのか。世界中が見ている。

┏━━身辺雑記━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 昭和史からみた今日は何の日。昭和7年(1932)の515事件30人の軍人が首相官邸・警視庁を襲撃し、時の総理を射殺した。昭和11年の226事件へと繋がる。そして、太平洋戦争へと直進した。敗戦後27年後の昭和47年(1972)に米国から沖縄復帰した。沖縄県が発足。1932年から1972年の40年間、戦争の時代であった。沖縄の現状は、基地に囲まれ、いまだ日本に復帰したといえない。515事件から1972年まで36年。沖縄復帰の1932年から76年。沖縄はまだ戦争は終わっていない。





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