その他教育

成長するクリスチャン

子供の成長を願わない親はいませんね。同じように神様は、その子となったクリスチャンが、聖書の全てのみ言葉を栄養にして、大人に成長するように願っておられます。これは成長なさりたいクリスチャンのための励ましのメ−ルマガジン
です。

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成長するクリスチャン

2018/10/16

信仰は洗礼に終わるものではなく、始まりであることはよく知られていますが、キリスト者にとって、その活性化と深化は「召天の日」まで続きます。

「教会の牧師は主人、信徒は客人」と皮肉られながらも、日曜日の礼拝(讃美と説教と祈りと兄弟姉妹との交わり)に加わることは、クリスチャンとしての最低限の努力(実際は自己努力ではなく主がそうさせてくださることですが・・・)で、そのことによって、バックスライダーになることからも護られています。


でも、施設介護の必要性から、日曜日に外出して教会の礼拝に加わることはできず、代わりに自分の個室でひとりでする「デボーション」しかないとすれば、どうなるでしょうか?

私は、自分自身の反省も含めて、デボーションのありかたについて、最近色々と考えています。


この介護施設では、朝から晩まで自室のテレビや皆の集まる食堂の大型テレビを見て過こす人たちがいらっしゃいます。
そして、ともすれば、無気力でつぶやきに終始する会話に私自身も加わってしまいそうになります。

隣り人を愛することは、主イエスキリストがお与えになった最も大切な二つの掟(おきて)、主なる神を愛し、隣り人を愛することの一つですが、この施設では、それは隣り人と同じような生活をするのではなく、常に隣り人のために祈ることだと、最近強く思っています。


3度の食事のたびに、いつも真向かいにお座りになるある女性の方は、一口食べるとそれ以上食が進まず、そのまま下を向いて目を閉じておられます。

このままでは栄養が摂れず、臓器不全に陥ってしまうかもしれません。心配して祈っています。


少し離れたテーブルのある方は、いつもつぶやきながら食事をなさって、私はその方に「つぶやきに代わるの感謝」が与えられるように、とりなしの祈りを祈っています。


心の活性化は、頭脳の活性化とも関係し、高齢化社会を生きる方々にぜひ忘れないでいていただきたいのですが、ここ介護施設で、私の周囲を見渡す限り、それがなかなかできずにおられる方が多いのが実情のように思えて、とりなしの祈りを祈っています。


主にあるキリスト者は、外なる人は衰えて介護を要しても、内なる人は日々新たにされるとは、

その頭脳が、心が、そして思いが活性化されることではないでしょうか?


ここで結論を急げば、それができるためには、

詩篇119:105 あなたのみことばは、私の足のともしび、わたしの道の光です。

から決して離れないことではないでしょうか。


(おわり)


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創刊日:2002-03-24  
最終発行日:  
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